エディタ・グルベローヴァ@シャンゼリゼ劇場(12/17)
大晦日の夜・・・ロンドンもあと数時間で新年をむかえます。2009年最後のブログ・エントリー、除夜の鐘ならぬBig Benの鐘が鳴る前に、これだけはアップしておきたく・・・去る
12月17日にパリ・シャンゼリゼ劇場で行われたグルベローヴァ・コンサートの覚書き。

☆ Edita Gruberova @ Theatre des Champs-Elysees
Jeudi 17 decembre 2009


Orchestre Philharmonique d'Oviedo
Friedrich Haider, direction

Trois jeunes chanteurs pour "Roberto Devereux":
Julie Gautrot, Xavier Mauconduit, Benjamin Alluni

Wolfgang Amadeus Mozart
- Le Directeur de theatre, ouverture
- "Martem aller Arten", air de Konstanze (Entfuhrung aus dem Serail)

Ermanno Wolf-Ferrari
- Il Quattro Rusteghi, Vorspiel et Intermezzo
- Il segreto di Susanna, ouverture

Gaetano Donizetti
- "Il dolce suono", "Spargi d'amaro pianto" airs de Lucia
(Lucia di Lammermoor)

ENTRACTE

Ruperto Chapi
- Preludio de la Revoltosa

Vincenzo Bellini
- Roberto Devereux, ouverture
- "E sara, in quesi orribili", "Vivi, ingrato", "Quel Sangue" airs
d'Elisabetta (Roberto Devereux)

アンコール:
1. 「こうもり」(アデーレのアリア)
2. 「シャモニーのリンダ」
3. 「こうもり」(アデーレのアリア)

あの夜の興奮と陶酔感をいかに形容すべきか・・・なんともはや、凄まじいパフォーマンスだった。あまりの衝撃に、私ごときが感想など認めるのが憚られるような、ヘタなこと書いちゃいけないなと萎縮してしまうような、そんな経験だったと言えば少しご想像頂けるかな・・・。

取敢えず、私には声楽・のみならず音楽の専門的なことはわからない&既に記憶が怪しくなりつつあり、いつもの如く茫漠とした私的印象しか書けないので・・・この夜、グル様のパフォーマンスと同じぐらい、いや・もしかしするとそれ以上に強烈に印象に残ってるのがクレイジーきわまりない観客の反応だったので、そこを中心に書いてみるかな・・・

- 以前どこかで触れたかもしれないけど、グル様がフランスで舞台に立つのは10年ぶり、しかも最後の公演地はニース。パリでは一体何年ぶりになるのか?その事実をもってしても、フランスではさほど人気はないのかな・・・と想像していた。グル様は独語圏および日本では神格化されているけど、(イギリスも含め)それ以外の地域ではメジャーな存在ではなさそうな印象だし・・・しかし、その予想は見事に裏切られたのでした。少なくともこの日シャンゼリゼ劇場に駆けつけた観客は、大半が長年彼女の舞台を待ちに待っていたようだった。登場シーンで熱烈な拍手だけでなく、盛んにブラヴォーがかかっているのに驚く。(そうそう、お客さんは圧倒的に男性が多かった。私は2eme バルコンの正面ブロック・最前列に座っていたのだけど、周囲は男ばっかり・・・幕間にフォワイエに降りていったけど、そこでも男性が優勢だったし。)

- この夜演目数は決して多くなかったけれど、量より質とはまさにこのこと。グルベローヴァの歌唱の、殆ど非人間的なまでに研ぎ澄まされ、磨き上げられた技術(と、私には聴こえた)、その凄み・・・。そして観客に耐え難いほどの緊張を強いるあのカリスマ・・・劇場空間が一種神聖な儀式の場にかえられたかのように変容していくのが肌で感じられて、ゾクゾクする。全幕オペラでなくコンサートなのに、彼女が歌っている間は、まるで(最上の)オペラが演じられているかのように劇的で濃密な時間が流れている・・・一曲聴き終わるたびぐったりしてしまうほど。開始直後からやや常軌を逸していた感のある観客の熱狂は夜がすすむにつれクレイジーさをまして、一曲歌い終わるたびに拍手とブラヴォーがやまない。(そういえばウィーンの観客もこんな風だったな・・・と思い出していた。グル様ご自身はこんなことには慣れている?とばかり、あまり表情も変えずクールで、堂々たる佇まい。)

- グル様のルチア!これが聴けるとは・・・(感涙)。フルートとの掛け合いの場面は、あまりに非現実的な妙技(?)を自由自在に駆使する姿に、まるで白昼夢の中にいるような気分に。こんなことが人間の声には可能なのか、とただただ口を開けて、呆けて舞台を見つめていたような・・・。グル様のあの輝かしく・毅然たる高音が天にむけて立ち昇っていく瞬間、陶酔しながらも何か空恐ろしいものを感じる瞬間があって、それがたまらない。普通の意味で言う、ただ美しい声・歌唱というのとはちょっと違って・・・高潔であり、邪悪でもあり・・・(天使か、悪魔か?)

- 劇的、という点では最後のロベルト・デヴェリューがやはり凄かった。この作品だけサポート歌手陣が登場して華を添え(?)「劇」の緊迫感がさらに高まる。こちらは、固唾をのんで・目の前の鉄棒にしっかり摑まって、もはや生きた心地もせずグル様ワールドに身を委ねるのみ。エリザベッタのアリアがクライマックスに達した瞬間、極度の緊張が弾けてどっと汗が・・・。拍手しようにも、手が汗でべたべたになってしまってできない・・・(こんなことは初めて!)。

- ロベルト~が終わるや、オーディトリアムは興奮の坩堝。いまや観客の熱狂は殆どヒステリックなほど過熱して、そのノリはほとんど宗教の集会か何かか?と錯覚しかねない、そんな様相を呈していた。今回初めて訪れたシャンゼリゼ劇場、アール・ヌーボーのエレガントな建築様式の劇場に足を踏み入れたときの第一印象は、"まぁ~素敵な劇場ねー ここの観客に『春祭』がスキャンダラスな反応を惹き起こしたなんて、ちょっと想像できない・・・"というものだったのだけど、グル様に熱狂する群集(自分もその一人だが)の渦中に身を置いていると、遠き日にバレエ・リュスの生んだ狂熱がうっすらと感じられるような、そんな気分にすらなってくる。

- アンコール一曲目。グル様の口から”Chauve souris..."と漏れるのを聞いて、狂喜乱舞したくなる。グル様のアデーレを聴けるとは思わなかった・・・!で、これがまた・・・たった今、エリザベッタの怨念が乗り移ったかのような鬼気迫る歌唱を披露した、同じ歌手とはとても思えない変わり身の早さに、唖然。軽やかに舞台を行き来して、指揮者に時折襲い掛かって遊んでみたり、超絶技巧はお手の物で観客をじらすじらす・・・場内にすっかりクリスマスのお祭り気分が充満。華やかで、楽しくて・・・目の前の情景に思わず嬉し涙が。

- アンコール二曲目。客席から、「ツェルビネッタ!」「ルクレチア!」と次々リクエストがかかる。その声に対して、「ドニゼッティの、この曲でもいいかしら・・・」と歌い始めたのが、シャモニーのリンダのアリア。ここまできても全く衰える(翳る)ことのない完璧なコントロール力。コロラトゥーラの炸裂に、場内ほぼ総立ち状態。花束がいくつか贈られる中、粋なプレゼントを進呈するファンが。パリの街中に通りの名前を記したダークブルーのプレートがあるでしょう、あれを模した、「エディタ・グルベローヴァ通り」と記された標識(”Avenue・・・だったかBoulevardだったか忘れたが・・・Edita Gruberova"と書いてある)が贈られていた。グル様は嬉しそうに客席に向けてプレートを掲げて見せていた。

- カーテン・コールは全部で何回あっただろう 30回ぐらい??(感覚として、それぐらいあったような記憶が、ということです。)観客は、"今夜は一晩中帰さないぞ~"と決意を固めているかのごとく、延々・拍手とブラヴォーを送り続ける。(アンコール部分だけで40分位あったような・・・)舞台に呼び戻されたグル様は、再びアデーレのアリアを披露。最後は、忠実な信者達にもう下がってよいぞと言うかの如く、手をヒラヒラと振って袖に消えていった。

「コロラトゥーラの女王」、「最後の大歌手」等々、世にグル様をデコレートする形容詞は数あれど、私自身はこの夜のコンサートに接して、"戦慄の女王"という敬称をあらたに捧げたくなったのでした・・・
2010-01-01 08:42 | オペラ | Comment(0)
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