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パリ・オペラ座バレエ 「オネーギン」(5/7)
見る予定はまるでなかったパリオペのオネーギン。カンディンスキー展目当てでパリに行った"ついでに"一度だけ鑑賞することにしたのだけど、これが、思いがけず面白く見られた。

なにしろ見る前の期待値が限りなく低かった・・・というか、ほとんどマイナスからの出発だったので、プラスに振れても評価がいきなりマックスに達することはないんだけど。今回再見して、"へえぇこんな作品だったのか・・・"と眼からウロコなことがいくつか。まず、何よりも、振付が丹念に・精緻に作りこまれていることに感心。以前鑑賞したときに演劇的側面ばかりが強く印象に残ったのは、やはり踊り手によってかなり違ってくるということか。(振付のよさに気づかせてくれたのは、主にオレリー・デュポンの技量に負うところ大きかったような・・・)作品全体のトーンは品がよく、プチブル風で、その世界観を補強しているのが、水彩画のような、淡く繊細な美術。三幕の冒頭、舞踏会のシーンで始まるのだけど、やや古めかしくも優雅な衣装に身を包んだ美男美女がズラリと居並ぶシーンに、客席から自然と拍手が沸いていた。それを見て、そうよね、これでいいのよね・・・と、なにか腑に落ちた。非日常の空間を求めてオペラ座に集う観客に一夜のエンターテイメントとして供するには遜色ない作品ではないか・・・と思えた、っていうのは、自分的にはかなりの進歩。(苦手だからって諦めずに何度か試してみるって大事ですね・・・まあ中には、何度試してもやっぱりダメ、ってケースもありますが。)

私は元来演劇性の強いバレエ作品は得意でなく、メロドラマ風だったりすると、もう耐えられない・・・という鑑賞者なんだけど、過去に1.5回見たことのある「オネーギン」は、自分の中ではメロドラマ・バレエに分類されていて・・・。(なぜ1.5回かというと・・・一回目はロイヤル・バレエのレパートリー入りしたときに初演キャストのタマラ・ロッホとアダム・クーパーで鑑賞。二回目は別キャストで見たのだけど、あまりに辛くて途中でリタイヤしてしまったので、0.5回!)大体小説をベースにしたバレエ作品って御伽話なんかと違って「生身の人間」が登場するだけに、物語の整合性とか人物の造形に納得できないと見るのが辛い、ってことありませんか?この作品の場合、私的に誰一人として魅力を感じる・共感できる登場人物がいないので、感情移入できないのですよ・・・特に、女主人公のタチヤーナ。

私にはタチヤーナがわからない・・・これ、バレエ・オネーギンを見る上で致命的でしょう。彼女が最後に下した決断、まずはこれを肯定できないと話にならないと思うんだけど、正直私にはそれが難しい。それを脇に置いても、バレエ作品を見る限りでは、エヴゲーニー・オネーギンってたいして深みのないメロドラマとしかみえないんだけど(オペラだともう少し広がりも奥行きもある・・・)、そんなはずはないよね・・・だってロシアの国民詩人がものしたロシア文学の金字塔たる作品と言われてるぐらいだし、タチヤーナはロシア女性の一典型とされ、理想のロシア女性とか、ロシアそのものと同一視する見方すら存在するらしいし・・・。

で、原作を読みたかったのだけど日本語に翻訳されたテキストを入手できず、グーテンベルグ・プロジェクトのサイトにあった英訳版にざっと目を通すも、「えっこれって、詩なの・・・?」と蒼ざめ(詩って難しいじゃないですか・・)、早々にギヴアップ。仕方なく、作品の周辺情報をネットで集め、さらにロシア人の友人に助けを求めた。これで得られた話を大雑把に総合すると、「原作とバレエ・オネーギンは別物」。バレエを見て疑問だったり・好きでなかった部分が原作には存在せず、バレエ化のために脚色してるケースだったことがわかったり、かなり収穫があった。

ネットでの収穫は、W大学・ロシア文学科の先生の手になる、シュツットガルト・バレエの「オネーギン」の公演評。(この方文学がご専門なのですが、ブログは現在バレエ公演の感想に特化されてます。"秘密のブログ"と銘打っておられるのでお名前は記しませんが、バレエファンの間では結構有名人かも??)

- この方いわく、空前絶後の奇跡的な芸術作品であるエヴゲーニー・オネーギンをそのまま舞台化するのは不可能な話。せいぜい出来うることは、タチヤーナとオネーギンの不毛な恋愛をダンスと音楽をもって一大メロドラマとして見せる、これぐらいである、と。(ふむふむ、なるほど。メロドラマになってしまうのは致し方ないことなのね・・・) さらに、

- バレエ・オネーギンにおける恋物語は、人間というのは人生においてわざと自分を不幸に導く選択をするものだが、それが人間の愚かさであると同時に高貴さでもある、そのことを伝えている・・・と。(ふーむ。そうか、この一文に素直に頷ける鑑賞者であれば、作品の本質を理解できるんだろうな。私には、評者の総括が含蓄に満ちたものであることはわかるのだけど、"本当にそうなの??"という疑念が消えず・・・)

一方、ロシア人の友人は、バレエ鑑賞歴半世紀超、人生の大先輩でもある人なのだけど、ロシアの人にエヴゲーニー・オネーギンについて軽々しく質問したりしちゃいけなかった・・・と反省。なにしろ、彼国の人々にとっては、とても特別な意味を持った文学作品のようなのです。寛大にも、無知蒙昧・浅学の徒に懇切丁寧な作品解説をしてくれて、襟を正して拝読。彼女も、原作とバレエ版は似て非なるものだけど、クランコがバレエ化してくれたことについては評価していると。ただし、クランコが加えた演出上のアレンジには納得できないものがある、としてあげてくれたのが以下二点。

- オネーギンとレンスキーの決闘の場にタチヤーナとオリガを登場させていること。原作にはないし、状況的に有り得ない。(おお~そうか。実は私あのシーン凄く苦手なのよね レンスキーにタチヤーナとオリガが追いすがって、絡み合うように踊る場面。どうにも陳腐にみえて・・・付け足さなくてよかったのに!)

- 三幕でタチヤーナとオネーギンを老けさせているところ。原作では、このときオネーギンはまだ26歳らしい(!)。

・・・などなど。知れば知るほど原作・オネーギンに興味がわいてきた、のはよかったのだけど、さて再チャレンジのバレエはいかに??

ということで、前置き(言い訳)が長くなりましたが、こういう頼りない鑑賞者の見た感想としては、パリオペのオネーギン、というか、オレリーとニコラのオネーギン、面白かったです。

おそらく、この二人は今回キャストされたダンサー達の中でも、敢えて(過剰な)演技をしない人たちなのではないか・・・という気がするのですが、これが、私的にはいい方に転んだような。勿論二人とも演技不在というのではないけど、まずは自分たちの確固たる個性ありき、というのが前面に出ていて、加えてナチュラルな演技、というか。

実に久々に見るオレリー・デュポン。一幕冒頭、横たわって本を読み耽るタチヤーナ、本から顔を上げた彼女の美しさに、思わず息を呑みました・・・いや、もともと美人ですけどねオレリー。美しさにさらに磨きがかかって、輝いてました。彼女のタチヤーナは、だから、一・二幕から三幕にかけての、ドラマティックな変貌ぶりを楽しむというわけにはいきません(笑)。最初から綺麗すぎ、淑女すぎて。ただ、一・二幕ではこの人特有の、無垢でちょっと子供みたいな表情が垣間見えて、可愛くもあり。三幕では彼女の硬質な美貌が役柄にぴったり嵌って、非常に説得力ありました。毅然たる態度でオネーギンを拒絶する表情が美しかった・・・。

ニコラ・ル・リッシュ@オネーギンは最初登場してきたとき、あれーちょっとジャン=ギーみたい・・・と思わせるような品ある佇まい。(ちょっと意外だった・・・ニコラはもう少しワイルド系かな、なんて想像していたので。)オレリー同様周囲とは一線を画す存在感、ほとんど素で勝負してます・的な、自然な演技が私的には○。

この「自然派」の二人の一幕は、比較的アッサリしてるともいえるし、"いまどきのパリの恋人達"の趣きがあるともいえる(確かこの二人のジゼルにも同じこと感じたな・・・)。たとえば、タチヤーナがオネーギンへの恋文をしたためる場面、オレリーのタチヤーナは思いつめる風などまるでなくて、ただただ恋の喜びに浸る・ハッピーな女の子の表情。鏡のpddも然り、二人とも楽しそうに、軽やかに舞っていて、ほとんどR&Jのpddかと見紛うような・・・これが私的にはとても好きだった。(このpddにはタチヤーナのセクシュアルなファンタジーと欲望が投影されているわけだけど、振付と演出だけでそのことは十分明らかなので、この上ネチネチ・演技過多に表現されては胃がもたれるだけ・・・という観客なもので。)

最後のpddではさすがにエモーショナルな表現がみられたけれど、それよりも尚、この二人が秀でていたのは、振付の妙を味わわせてくれたことにあるのではないか、と。"オペラ座バレエを見る醍醐味は、トップ・ダンサー達の破格の芸術性とスター性を楽しむことにあり"と、この二人の共演する舞台を見て、久々にそんな感慨に浸ることができました。(オレリーとニコラ、別格感漂っていました・・・)

【5/12追記--キャストシートよりクレジット関係】

Ballet de l'Opera "Oneguine"

Palais Garnier, 7 Mai 2009
(10e representation)

Ballet en trois actes; livret de John Cranko d'apres Eugene Oneguine
d' Alexandre Pouchkine

Musique: Piotr Ilyitch Tchaikovski - extraits de Les Saisons, Romeo et
Juliette, Les Caprices d'Oxane, Francesca da Rimini

Choregraphie et mise en scene: John Cranko (1965)
Decors et costumes: Jurgen Rose
Lumieres: Steen Bjarke
Repetitions: Reid Anderson, Jane Bourne

Orchstre de l'Opera National de Paris
Direction Musicale: James Tuggle

Eugene Oneguine: Nicolas Le Riche
Tatiana: Aurelie Dupont
Lenski: Mathias Heymann
Olga: Mathilde Froustey
Le Prince Gremine: Karl Paquette

2009-05-11 09:29 | パリ・オペラ座バレエ | Comment(7)
Comment
二コラとオレリー・・・今回のCASTの中ではともに華あるダンサーで組合せとしても興味深いものがありますが、この作品にはどうなのかしら・・・?とあまりピンとこないものを感じていましたが、却って2人の個性が作品を飛び越えてNaoko様にアピールしたようで、よろしゅうございました・・・(^^)

うーん、物語バレエってあまり重たく暑苦しく演じられても見ているほうがその世界観に共感できなければ引いてしまうこともありますし、(わたくしはジゼルの狂乱の場とか・・鬼門なのです)嵌まれば大きな感動を呼びますし、なかなか難しいところがありますよね。
maria 2009/05/13(水) 05:03:06) 編集


mariaさん こんにちは~。

このキャストはですね、作品自体には思い入れゼロ・この際目一杯オペラ座らしいオネーギンを見たい!と希望していた私にはどんぴしゃでした。(・・・な~んて言ったらオレリーとニコラにはいい迷惑かもしれないけれど。)まぁ~しかし、ほんと華やかでした。特にオレリーの美しさ、胸に沁みました・・・

おぉーmariaさんはジゼルの狂乱の場が鬼門でしたか・・・。私は、あそこは大丈夫です(笑) 素直にジゼルかわいそう・・・と思えるので。一番ダメなのはマノンかな。何回見ても・誰で見ても好きになれません(音楽も超~~苦手!)。まぁこればっかりは仕方ないですね 相性が悪いってことで・・・(嘆息) 
Naoko S 2009/05/13(水) 07:27:14) 編集

NaoKoさん、こんにちは。「オネーギン」バレエに関する疑問点に頷きながら読ませて頂きました。私も決闘シーンには??を感じますし、「ロシア女性の鏡」と言われるタチアナに、いまひとつ共感が持てず。オネーギンがタチアナの手紙を破るところも、あんなにしなくても?と思いますし(原作には無いそうですね)まあ、いろいろな理由で共感出来ないバレエなのですが、世界の名だたるDancerが踊りたいバレエなんだからね~。といつも複雑な気分なのでした。オレリー・ニコラはお二人の個性で華やかな舞台だったのですね。
物語バレエがお好きな方には変な意見と受け取られるかもしれませんが、現実を超えた美しさは心打たれ、洗われますよね。
先日,「デュポン・ピエトロガラの白鳥」を家で観ていたのですが、美しさ、ミラクルなテクニックに佳き日のPOBを懐かしみました。
まりあ 2009/05/13(水) 08:47:15) 編集


まりあさん こんにちは。

同志ですね~(笑)私の周囲にはこの作品苦手とか嫌いって言う人は殆どいないんですよ 好きという人が圧倒的に多いです。(まぁ「演劇バレエの本場」に住んでるので当り前かもしれませんが・・・)

>>「デュポン・ピエトロガラの白鳥」

私この映像(確か)未見なんですよね・・・そんなにいいのなら見てみたいなぁ~YTで探してみます。
Naoko S 2009/05/14(木) 07:56:40) 編集

NaoKoさん、何だかホッとしました。私、周りの方々には言えずにいました。みんな好きなんですもの。「マノン」「オネーギン」「椿姫」私は「マノン」はCastによっては大丈夫ですが。ダーシー・シルヴィ(パートナーはゼレンスキー・ムッル)ですが、他のCastだとどうも完敗です。Ballet.Coに「オネーギン評と写真」が出ていまして。エルヴェ美しいですね~。あの顔で手紙ビリビリしたんでしょうか、気になります。「デュポン・ピエトロガラの白鳥」は若き日のニコラ、ロモリ、キャロル・アルボなどなども出ていまして豪華なんですよ!ぜひご覧になられてくださいね。

まりあ 2009/05/14(木) 18:52:41) 編集

Naoko S さん、こんにちは。

私、実は15日の引退公演をガルニエ宮で観て、本日帰国しました。
ルグリは私にとって最高のダンスール・ノーブルなので、とにかく彼の引退公演の場に居られたことには心から満足しています。
前座に行われた「デフィレ」と「オネーギン」が跳ねた後のカーテン・コールは本当に感動的でしたよ。

ただ、私も「椿姫」や「オネーギン」はどちらかと言うと苦手です。バレエは言葉がない芸術なので、演劇性の強いものは本当に音楽と振付と踊り手が素晴らしくないとダメなんです。
だから「ロミオとジュリエット」(特にマクミラン版)はオーケー。「マノン」もキャストによってはオーケーというところは、まりあさんと同じです。

でも「椿姫」や「オネーギン」は、主役の心情の移り変わりに自分自身が心を寄せられないんですよね。
それでも音楽がストーリーに沿っていれば自然に舞台が盛り上がると思うのですが、「オネーギン」にはそれも欠けるところがあって。私は不覚にもルグリの引退公演でさえ第3幕で眠気が襲って来てしまいましたもん。

ルグリにとって「オネーギン」という役柄は、ベテランになったからこそこなせるという意味で挑戦的なのでしょうが、彼の踊りは本質的に高い次元でアカデミックかつピュアなので、どうしてもクラシックの真髄である王子役の方が適していると思えるのです。
結局のところ、私にとって忘れられない舞台はルグリの「ラ・シルフィード」であり「眠れる森の美女」なのです。

まあそうは言ってもいつまでも王子役を全幕で踊れる訳ではありませんからね。
今後はより創作バレエ作品に傾注していくのではないでしょうか。
とりあえず、ルグリ・ファンにとっては今回が本当のアデューではないことが救いです。
Katia 2009/05/18(月) 17:50:07) 編集


Katiaさん こんにちは。パリでルグリのアデューをご覧になっていたんですね!ご帰国早々にコメントをお寄せくださり有難うございました。

そうですか~Katiaさんも演劇バレエが苦手だったのですね(ここにも、仲間が一人・・・笑)。まさに「バレエは言葉がない芸術」なわけですが、私はこの種のバレエ作品を見ていると言葉が恋しくなったりしますね・・・どうせなら芝居を見せてくれ!って気分になったり。

物語バレエの主人公に感情移入ができなくて作品に入り込めない・・・という時には、割り切ってダンス(振付)だけ楽しむ、という見方もありかとは思うけど、それじゃあまりに分裂してるし、難しいですよね。

>>彼の踊りは本質的に高い次元でアカデミックかつピュアなので、どうしてもクラシックの真髄である王子役の方が適していると思えるのです。

まさにその理由から、私などは、純粋に音楽的な作品を踊るルグリをもっと見たかったなぁ・・・という未練があります。アデュー記事の方にDances at a Gatheringの映像を貼り付けちゃいましたが、ああいう作品はもう踊らないのかな・・・

>>とりあえず、ルグリ・ファンにとっては今回が本当のアデューではないことが救いです。

引退後のパリオペ・エトワールって本拠地以外で舞台に立つ機会が多いような印象があるのですが、ルグリの場合は日本が圧倒的に多くなりそう??私も、欧州のどこかで、また彼の舞台に接する機会があるとよいのですが・・・。
Naoko S 2009/05/19(火) 09:07:01) 編集

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