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小林秀雄の閃き
昨夜お月見の話を書きましたが、この話題で必ず思い出すのが、小林秀雄の、ある散文。(ほんとうは昨日はこの事を書きたかったんだけど、話がどんどん逸れていってしまった・・・)

かの梅田望夫氏が著作の中で、『生きるための水を飲むような読書』をしてきた・・・と書かれていて印象的だったのだけど、そこまで深く・意識的でないにしても、自分にとってその種の読書体験があるとしたら、おそらく小林秀雄の本がそれにあたる。(そういえば、梅田氏も小林の熱烈な信奉者であられるのだった・・・。)

批評対象に自己を没入しきって、自らの直感を信じ厳しく思考に思考を重ね、その思索の果てに・あるいは途上で吐き出される、「本質」を見極めんとする言葉の弾丸。彼の思考についていけず、難解でほとんど理解不能の文章も中にはあるけれど、その点エッセイは比較的読みやすく、何度読み返しても都度新鮮で、愛読している。(大袈裟なようだけど、彼の文章からは読むたびに生きる勇気をもらっているのだ・・・いや、ほんとに。)

手元にある、「考えるヒント」と題されたぼろぼろの文庫本、この薄っぺらい小さな本の中には小林の洞察と思索の軌跡がつまっている。中に何度も読み返した一文があって、お月見がらみの話にインスパイアされて小林が思索の翼を羽ばたかせたものなのだが、是非ともこれをご紹介したいのだ。(直接の引用はほんとはまずいのでしょうが・・・とっても・マジでまずいことになったら外します、ということで。)二十世紀の知の巨人からの、言葉の贈り物です・・・

- 小林秀雄がある知人から聞いた、ちょっと面白い話。その知人はある十五夜の夕に京都・嵯峨で月見の宴をした。たまたま宴会の日が十五夜と重なったものだったのだが、実際その場にいた若い会社員たちも平素は月見など特に興味もなく、賑やかな酒盛りがつづいた。が、ふとした話の合間に誰かが山の方に目を向けると、誰の目も同じ方を見て、月の出を待ちわびる想いが一同の間で自然に通じあっている。ようやく山の端に月がのぼると、座は一変にお月見の気分に支配された。皆の目は月に吸い寄せられ、もはや月のことしか眼中にない。

- ここまではごく当たり前の話だが、"ミソ"は、この宴会の席にスイス人が数人同席していたこと。一変した座の雰囲気が理解できず、ただ茫然と月を眺めている日本人に、今夜の月にはなにか異変があるのか?としごく怪訝な表情で尋ねた、その顔つきが(知人には)いかにも面白かった、と。

- この話を聞いた小林は、スイスの人だって無論自然の美しさは知っていようし、日本人が月に寄せる独特の想いを説明すればできないことはないだろう、しかしそんなことはみな大雑把な話だ 一旦心の深みに入っていけば、両者の間に自然の感じ方への歴然たる違いが露呈するだけ、とし、平素は意識しない日本人らしい自然の感じ方を外国人の存在で自覚させられた、という話だが、この自覚とて一種の"感じ"であってはっきりとした言葉にはならない・・・と続ける。そして、この日本人ならではの、自然の受容の仕方・細かな感受性の質・・・という特徴を、近代化・合理化された現代文化を語る際に持ち出すとなにか滑稽なことになってしまうのはどうしたことか、現代文化とは本当にこれらの要素とは無縁の存在なのだろうか・・・と疑問を呈し、こう書いている。

『意識的なものの考え方が変わっても、意識出来ぬものの感じ方は容易には変わらない。いってしまえば簡単な事のようだが、年齢を重ねてみて、私には、やっとその事が合点出来たように思う。』
『新しい考え方を学べば、古い考え方は侮蔑出来る、古い感じ方を侮蔑すれば、新しい感じ方が得られる、それは無理な事だ、感傷的な考えだ、とやっとはっきり合点できた。何の事はない、私たちに、自分たちの感受性の質を変える自由のないのは、皮膚の色を変える自由がないのとよく似たところがあると合点するのに、随分手間がかかった事になる。妙な事だ。』
『お月見の晩に、伝統的な月の感じ方が、何処からともなく、ひょいと顔を出す。取るに足らぬ事ではない、私たちが確実に身体でつかんでいる文化とはそういうものだ。古いものから脱却することはむずかしいなどと口走ってみたところで何がいえた事にもならない。文化という生き物が、行き育って行く深い理由のうちには、計画的な飛躍や変異には、決して堪えられない何かが在るに違いない。私は、自然とそんな事を考え込むようになった。』

(小林秀雄 「考えるヒント」より「お月見」 文春文庫)
2008-09-14 09:19 | | Comment(4)
Comment
おひさしぶりです。
小林秀雄!‥‥と聞いたらやはり出しゃばらずにはおれませんでした(渋谷陽一‥‥と書かれてたときは自制できたのに~。笑)
このお月見の話、私も大好きです。「考えるヒント」はホント、自分の精神的拠り所と言ってもよくて何度読み返したかもわからないほどですが、この話は特にわかりやすくて素敵な箇所ですよね。私も美しい満月を見るたびに思い出します。
Naoko Sさんもお好きと知って嬉しい~~♪
RIE 2008/09/14(日) 09:39:20) 編集


RIEさん こんにちは~

そうそうRIEさんも小林秀雄お好きでしたよね 以前何度か書かれていたの憶えてますよ。

渋谷さんのお名前を出して頂きましたが、このお二人には繋がりがありますよね・・・っていうか、渋谷さんの評論スタイルはスクール・オブ・小林秀雄のものだと思ってるのですが。(より直接的には彼の心の師匠は吉本隆明氏みたいですけど。)

私は初めて読んだ批評って多分渋谷さんのロック評論なんですよね。で、後年小林秀雄の評論・批評文にわりとすーっと入っていけたのは渋谷さんの文章で慣らされて(鍛えられて?)いたからではないかと思ったりします。

今日は珍しく快晴で暖かいロンドンです・・・このまま夜までもってくれればお月見できるかも・・・v RIEさんも素敵な十五夜の宵をお過ごしください。
Naoko S 2008/09/14(日) 23:26:36) 編集

レスありがとうございます!
おおーっ、小林秀雄と渋谷陽一・・・の繋がりにはまーーーーったく考えが及びませんでした。Naoko Sさんすごいっす!
た、たしかに・・・・言われてみると・・・この二人、評論スタイル、似ているかもしれない・・・・・(笑)。

私の中では小林氏も渋谷氏も、音楽評論家の吉田秀和氏とか言語学者の井筒俊彦氏とかと同様に「他人じゃない!」特別枠に位置するのですが、なるほどー、なんだかそれをつなぐ糸(というより自分の嗜好性?笑)が見えてきた気もします。ありがとうございました。

そうそう、別記事の話題ですが、ミハイロフスキーはマリインスキーの代打で今度はイタリアデビューですのね!なんだか妙な裏読みができそうな経緯だけに少々複雑ですが(^^;・・・ま、がんばって欲しいです。情報ありがとうございましたん♪
RIE 2008/09/17(水) 20:44:36) 編集


えっ RIEさんにはこのお二人、あまり繋がってませんでしたか?(焦)いや、なんとなく私はそんな風に感じてたんですけどねえ・・・

ううん・・・戦後小林秀雄の「モオツァルト」が世に出たときの衝撃には凄いものがあったようなので、批評を志す人間なら、程度の差こそあれ影響を免れなかったのではなかろうか・・・なんて妄想も多少入った見立てかも(笑)。

私井筒俊彦さんという方は全く知らないのですが、吉田秀和さん、懐かしいです・・・。加藤周一氏とともに最後の(ほんものの)教養人で、・鍛え抜かれた知性の持ち主で・・・私にとっても心から尊敬・信頼できる論客です。(いつまでも、お元気でいていただきたいです・・・)

>>なんだか妙な裏読みができそうな経緯だけに少々複雑ですが(^^;

あ、やっぱり・・・私も一瞬勘ぐってしまいました(笑)。でもフェニーチェといえば名門の歌劇場ですからね~ このチャンスを是非ともものにして、バレエ団の存在感を強烈にアピールしていただきたいですね!
Naoko S 2008/09/18(木) 09:15:34) 編集

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