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パリ・オペラ座バレエ 「嵐が丘」 (10/6) Part 2
続きです。

☆登場人物

原作で主要人物の一人、ナレーター役のロックウッドは出てこない。キャサリンとヒンドリーの父・アーンショー氏も、ヒンドリーの妻と息子も割愛。

群舞が登場するのはバレエ・カンパニーだから当然の処理だろうけど、原作には(ブロンテ一家が地元庶民とは殆ど交流がなかったことを反映してか)、群舞にあたる不特定多数の人々(グループ)は出てこない。この"集団"の存在が原作の濃密な人間関係とそこからくる緊張感を若干薄れてさせているように見えた。(群舞が緩衝材的な存在になっている。)

ほか、やや違和感をおぼえたのは(面白くもあったけど)、ベラルビ自身の解釈なのか?主要人物のキャラクター・造形が原作とはちょっと変わっていたように見えたこと。(あくまで私個人のもつ偏見に照らして、ですが。)顕著だったのは・・・

●キャサリン: 大人になることを受け入れられず、「野蛮で自由だった」子供の頃に戻りたいと悲観しながら死んでいくキャサリン。彼女は全く子供以外の何者でもないけど、その彼女の子供らしさを、”幼稚さ”と”エキセントリシティ”で表現していたのは、うーん・・・どうなんだろう。特に顕著だったのは、リントン家での”ブルジョワ”のパーティーに闖入者として現れるシーン。ドレス・アップしたお客がずらりと並ぶ中、質素なコットンのドレスを着たキャシーが登場して、奇声をあげながら”いない・いない・ばぁ”の真似事・・・。この彼女の奇態にエドガー・リントンが興味を示す、という演出になっていたけど、ここは、かなり違和感があった。キャシーは別にエキセントリックなわけではなくて、”子供っぽい”計算高さと見栄は人並以上に持っていたんだから、こういうことはしないと思うんだけど・・・。エドガーと結婚してからはすっかりレディになっておとなしくなってしまったのも、うーむ。(以上は演出に対する疑問で、キャシー役のレティシアには全く不満はありませんでした。彼女の表現とダンスには、<ニコラとともに>舞台を引っ張っていく力が十分あった。)

●ヒースクリフ: 出自不明だが多分ジプシーの血を引いている、アーンショー家の養子。アーンショー氏の死後嫡子のヒンドリーに虐待され使用人の立場におとしめられる。結果キャシーとの仲を裂かれたことを恨んで復讐の鬼と化す。

・・・という原作の人物像(大雑把すぎですが・・・)はかなり薄められていた。風貌も性格も)ダークで激情にかられやすい・"悪魔的”人物と言う造形はしていなくて、ごく普通の青年風。ヒンドリー、エドガーとの関係も原作ほどねじ曲がってなくて(ヒンドリーとは立場が逆転してるように見えた!)、そのせいで、後半「ヒースクリフの復讐心が生んだ悲劇」というストーリー展開に説得力がなかった。

典型的バイロニック・ヒーローと目されるヒースクリフと天才肌のダンサー・ニコラ、私の中では全然オーバーラップしてくれないので(それを言うならジロのキャサリンもだが・・・)、見る前はかなり懐疑的だった。でも実際舞台を見てみたら、ヒースクリフを主役に据えているこのバレエ作品で(踊る場面も一番多い)、彼以外のダンサーは想像できない・・・と納得させられる結果に。(踊りも存在感も、実にパワフルだった・・・)

●ヒンドリー: 最初から一人疎外されていて、ヒースクリフに苛められたりしてる。あれ?立場逆じゃないの?と、混乱することしばしば。ともかく最初からひどく落ちぶれていて、ヤク中か何かみたいに見えるんだけど、ちょっと違うんでは・・・彼が暴君でないと、話の整合性が微妙にずれてくるはずなんだけどなぁ・・・。

●ジョゼフ: 原作ではヨークシャー訛りのひどい、独善的で意固地で食えないジイさんなんだけど・・・。ジャン=マリさん、立派すぎて全然ジョゼフには見えない。托鉢僧のようなルックスで、舞台をしずしずと(?)ひそやかに行き来して、カリスマがありすぎるから裏で糸を引いている重要人物みたいに見えてしまう。 (使用人には、どうあっても見えない!)

●エドガー: これがですねえー まったく、思いがけない、嬉しい誤算でした(ウフフ・・・)。なんと、このバレエ版・嵐が丘のエドガー・リントンは脇役も脇役で損なだけの人物ではないのです!相当好意的な人物に描かれていて(そう見えた)、踊るシーンも思ったより多くて、かなり美味しい役なのです。

エドガーっていったら、原作ではそこそこ見栄えはするけど虚弱っぽくて、キャシーに”冷たい人間”と呼ばれる人物に描かれてるでしょ。キャシーだって最初は物珍しさと子供っぽい好奇心でネツをあげるけど、彼と結婚したのは真の愛情からではなくて打算があったわけで・・・。最後は唾棄すべき恋敵(一般的な意味とはちょっと違うけど・・・)に妻と妹を奪われる、損な役回り。

それで、見る前は、”なんでジャン=ギーがエドガーなのよ!これってエトワールの踊る役なのっ”と結構腹立ててたんだけど、これなら許す(笑)。まぁ~それにしても、何故にエドガーという人物をここまで好意的に描いてるんでしょ ベラルビに真意を聞いてみたい。(っていうか、ジャン=ギーが演じたからこんなに魅力的な人物になっちゃったのかも・・・!考えてみれば、エドガー・リントンという人は結婚する相手を間違っただけで、ごくごく平凡なイングリッシュ・ジェントルマン。別に何も悪いことはしていない、どころか、報われない相手(妻!)に献身的に尽くした、いい人なのよね・・・)

エドガー役の主な見せ場は二箇所あって、一つはキャサリンへの求愛を表現するソロの踊り。衣装は深い緑色のベルベットのロング・ジャケットと揃いのズボンに立ち襟の白いブラウス。振付はコート・ダンス風。細長いシルエットが優雅に舞う姿にうっとり・・・この作品の中で、見ていて単純にその美しさにうっとりさせられるダンス・シーンはここだけだった。(ジャン=ギー、あまりにこのいでたちがお似合いなので、「俳優に転向して、イギリスのコスチューム・ドラマに出て!」と心の中で再三勧誘してしまった私・・・)

もう一つは、エドガーの死の場面。キャシーの死後、虚脱状態で憂愁にとらわれているエドガー。朱色のシルク風素材のスモーキング・ジャケットを羽織ったエドガーが(これまた凄くサマになってて素敵・・・)、舞台にいくつか置かれたソファの間をすり抜けながら、ソファの上に投げ出されたジャケットやベストを一枚ずつ拾って身に纏う。何かに憑かれたように同じ動作を繰り返し、最後に力尽きる。何枚も服を重ね着するこの演出、エドガーの心の寒さを表しているようで、なかなか面白かった。

ジャン=ギー演じるエドガーは、大人の男性の包容力と優しさに溢れていた・・・加えて見目麗しく、ひとたび踊り始めると、その動きは誰よりも洗練されてる。”ええーっこんなエドガーってありなのお?(カッコよすぎる・・・)”と混乱しつつも、心中嬉しさで舞い上がってしまった私(カデルさん ありがとう~)。これじゃ話が違う方向に流れなきゃおかしいと思ってしまったほど。実際、キャシーがエドガーにペットが飼い主になつくように身を預けるシーンがあったり、この二人が一緒にいるシーンではエドガーが完全に主導権握ってるように見えることが度々だったので、原作とは二人の関係がかなり違って見えた。(キャシーに対するエドガーの視線には常に慈しみの念というか慈愛がこめられているように見えて、ジャン=ギー、アルマン・パパもこうだったよね・・・と舞台を見ながら再三思い出していた。)

エドガーの妹・イザベラは特に違和感なかった・・・原作同様影の薄い脇役として登場するのだけど、原作にあった、屈折した人間関係からくる登場人物の心理的葛藤を最も強く感じさせたダンス・シーンは、イザベラとヒースクリフのpddだった。

復讐のためだけにイザベラと結婚し、彼女に軽蔑の念しか持っていないヒースクリフと、彼に追いすがるイザベラ。両足の先を(鎖のかわりに)紐でつながれたイザベラをヒースクリフが引き摺り回し・叩きつけるような、暴力的な激しい動き。ニコラの冷たい表情(というか、彼女のことなど眼中にないというような表情)がすごく効果的で、二人のねじれた関係をよく見せていたと思うけど、私的にはあまり好きになれず・・・。暴力や憎悪を表現した振付が作品中ダンス・シーンとして最も見所があるという事実に、複雑な気分にならざるをえず。

パリオペのコンテンポラリーものを見るとよく感じることで今回もそうだったんだけど、作品自体にさほどの力がなくても、ダンサー達の個性と力量で何とか見せることができてしまうのよね。それどころか、ダンサー達があまりに優れていて魅力的なので、作品が本来持っている以上のものを引き出してくれて、制作者側にとっては夢のような創作環境でしょうね。私的には、ちょっとこのパターンが多すぎるのではないか・・・と、憂えてしまうのですが。

<「番外編」に続く>
2007-10-15 05:21 | パリ・オペラ座バレエ | Comment(4)
Comment
 Naoko Sさん

 こんにちわ。 感想、興味深く読ませていただいてます。

この作品、以前見たときの私の感想は、余計な部分がすぎるのでは、というものでした。
現役ダンサーの振付家って、群舞をたくさん使ってあげたいという誘惑を抑えられないのかしら。

 そして最後の部分、Naoko Sさんに全く同感です。 ニコラやマリ=アニエスの力に頼るばかりの凡庸な振付家が多い今日この頃。
バランシンやロビンスの偉大さがあらためて思い出されるのでした。

 
 
あすわ 2007/10/15(月) 22:55:59) 編集


あすわさん こんにちは~。

>>この作品、以前見たときの私の感想は、余計な部分がすぎるのでは、というものでした。

うん、私も110分の中に色々詰め込みすぎて、焦点がぼけてる・・・と感じました。見終わったあと何が残るかと言うと、あんまり何も残らなかったり・・・(汗)。私の周囲には退屈してるのか、眠りこけてる人、モゾモゾ身体を動かしてる人・・・等々辛そうなお客さんがかなり散見されました。

>>現役ダンサーの振付家って、群舞をたくさん使ってあげたいという誘惑を抑えられないのかしら。

実際群舞も出番がなくて仕事にあぶれちゃ困るわけですが、アンサンブルの振付がつまらなすぎましたね。あれには、かなりがっくりきましたわ・・・

>>バランシンやロビンスの偉大さがあらためて思い出されるのでした。

優れた振付家って本当に貴重な存在なんですよね・・・。ファンとしては、パリオペのダンサーたちには常に彼等のレベルに合った高度な振付作品や高い芸術性をもった作品を踊ってほしいと願ってしまうわけですが、現実は厳しいですね・・・

Naoko S 2007/10/16(火) 06:11:41) 編集

以前「嵐が丘」の件でコメントさせて頂きましたchikapです。私も無事、このプロダクションを観る事が出来ました。初めてのパリオペとしては、十分楽しめました。特にニコラとジャン=ギーの踊りに魅了されました。今度は彼らが踊る古典作品が観たいです。と思っていたらジャン=ギーは引退してしまうんですね!?引退前に彼の踊りが見れて良かったです。詳しい日本語のレポ、とっても参考になりました。有難うございました☆
chikap 2007/10/23(火) 00:39:23) 編集


chikapさん 初ガルニエ・楽しまれたようで何よりです!

>>特にニコラとジャン=ギーの踊りに魅了されました。

フフ そうでしょう そうでしょう・・・この二人は特に素晴らしかったですものね~。

>>今度は彼らが踊る古典作品が観たいです。と思っていたらジャン=ギーは引退してしまうんですね!?引退前に彼の踊りが見れて良かったです。

本当に、貴重なものをご覧になったのですよ~(涙涙)。機会がありましたら、次回は是非、パリオペの古典をご覧になってみてくださいね。ロイヤルともロシアのバレエ団のものとも違う個性があって、面白いですよ。
Naoko S 2007/10/23(火) 09:23:08) 編集

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