パリ・オペラ座バレエ モダン・ミックス・プロ 【ローラン・イレールの引退公演】(2)
続きです。

この夜は二部構成で、前半に「アポロ」と「O zlozny/O composite」、休憩をはさんで後半に「精密の不安定なスリル」、「アゴン」、「さすらう若者の歌」を上演。

「アポロ」ですっかり魂を抜かれ茫然自失状態の私に、つづく「O zlozny/O composite」は格好の休息タイムを提供してくれました。2004年にパリオペの新作としてレパートリー入りした米振付家トリシャ・ブラウンの作品で、今回が初の再演。私には典型的に意味不明のコンテンポラリー作品なのだけど、プラネタリウム状態?とでもいうか舞台背景には暗闇に星空が広がっていて、照明も暗めなので、興奮で火照った頭と身体を癒すにはもってこい。ただし、舞台上には超豪華なエトワール・トリオ、デュポン、ルグリ、ル・リッシュがいるのですから、否が応でも視線はひきつけられます。3人が体操のような、マーシャル・アーツのような動きを繰り返す姿を、ただぼーっと眺めていました・・・。

シューベルトの、とってもキャッチーなメロディーにのって踊られる、フォーサイスの「精密の不安定なスリル」。10分強の小品なのであっという間に終わってしまって・・・キャストは、アッバニャート、コゼット、ユレル、カルボネ、ポール(ニコラ・)の5人。なんといっても目をひいたのは元気一杯に踊るアレッシオ。動きのキレも素晴らしくて、この布陣の中では断然彼が光ってたなぁ。

続いて・・・バランシン大好き、とりわけパリオペの踊るバランシン最高!と信じている私をおおいに満足させてくれたのが、「アゴン」でした。

Agon

振付: ジョージ・バランシン(1957年)
音楽: イゴール・ストラヴィンスキー
パリ・オペラ座初演: 1974年
(116回目の上演)

<キャスト>

第一pdt: ペッシュ、リケ、ルナヴァン
第二pdt: ピュジョル、ブリダール、パケット
pdd: ジロ、ベラルビ
アンサンブル: ブル、ダヤノヴァ、ラフォン、マルン

軽やかで遊び心たっぷりの、プロットのない純粋なダンス作品。私的には随所にちりばめられた、極めてバレエ的なエロティシズムに満ち満ちたパの数々に、いつもどきっとさせられる・・・大好きなバランシン作品の一つ。

まず特筆すべきは、何といってもプルミエpdtを踊ったダンスーズの一人、アリス・ルナヴァン。彼女、身体条件からしてバランシン・バレリーナにぴったり(長い手足に小さな頭)なのに加え、踊りもシャープでセンスがいい(運動神経もよさそう・・・)。今回(翌日の公演も含め)Agonを踊ったダンサーの中で、一番気に入ったのが彼女だった。このpdtの男性ソリストはペッシュ、彼もとってもよかった。こういう抽象作品が似合うのかな?振付に一瞬4Tのメランコリーを思わせる、やや苦悩を滲ませた表現があるんだけど、ここがよかった。リケは正直全然見ていなかったんだけど、3人のコンビネーションは良かったな。

続くpdtナンバー2。今度は女性が一人、男性が二人。何と言っても面白いのがヤン・ブリとカールの組み合わせ。この二人、キャラクターが対照的だから差しで踊ると(ベジャールのため息と扉~の時もそうだったけど)そのコントラストが堪らなく面白くて作品が生き生きする。ヤン・ブリは例によってやや力を抜いてるような飄々とした踊り、対するパケットは真面目でストレートな踊り。男性二人で踊る部分がなにしろ楽しくて、最後にやや不思議な(ユーモラスな)形でポーズするんだけど、あまりに可笑しくてついつい大ウケしてしまった。女性ソリストのレティシアは常に笑顔を絶やさず、スリリングな妙技も涼しい顔でこなしていたけど、私の好みからするとやや小柄すぎ・・・。

pddはジロとベラルビ。バランシン作品を踊るジロの輝かしさといったら!もう少し背の高いパートナーに恵まれていれば、もっと伸びやかに動けたのではないか・・・という恨みは多少はあるものの、十分にダイナミックでシャープな動きは圧巻。ベラルビとのコンビネーションも決して悪くはなかった。ベラルビは動きのキレは厳しかったけど、その分大人の色気でカバー。アンサンブルの女の子達はあまり印象に残らず。今回Agon を見ていて、”バランシンを気持ちよく見せてもらうには、いまいち脚長ダンサーが不足してるかなあ パリオペ?”とちらと思ってしまったんだけど・・・(早く戻ってきて~ドロテ!)

短いポーズのあと・・・いよいよ、この夜最後の作品です。


Le Chant du compagnon errant(さすらう若者の歌)

振付: モーリス・ベジャール (1971年)
音楽: グスタフ・マーラー ”Lieder eines fahrenden Gesellen”
バリトン: ヴィアルト・ヴィットホルト
初演者: ルドルフ・ヌレエフ、パオロ・ボルトルッツィ(20世紀バレエ団)
(9回目の上演)

<キャスト>

若者: ローラン・イレール
運命: マニュエル・ルグリ


「この作品の”若者”は、自らの運命と師をさがし求めて町から町へと渡り歩いた、中世ヨーロッパの旅人のイメージ。このバレエでは、ロマンティックな若者が運命に追い詰められている・・・マーラーの歌詩にあるように、”まるで胸に短刀を突き立てられたように”彼は苦しむんだが、それは自分自身との戦い、そして孤独であることとの戦いなんだ。」(モーリス・ベジャール/ヌレエフ財団公式サイトより)

若者は、恋に落ち、恋を失くす。

彼は無防備に自分をさらけ出し、傷つきながらも、希求することをやめない。

運命に抗う術はないのだと知る、そのときまで・・・

優れた文学作品を咀嚼し、楽しむ喜び。その同じ醍醐味を、ダンスという媒体を使って、観る者に味わわせてくれる特異な作品。およそあらゆる人間活動を清濁呑みあわせて舞踊作品として昇華させる、破格のスケールの振付家、モーリス・ベジャールにしか、これは創ることのできない世界。そして、この作品世界を表現できるパフォーマーを得たときでなければ上演できない作品。

ルドルフ・ヌレエフが、ブラッセルのフォレスト・ナショナル・シアターで「若者」を初演したのは、彼が32歳のとき。以後、パートナーを替えながら、キャリアの最終期まで手離さず踊っていた作品の一つだった。

時は流れて彼の弟子たちによる再演が実現したのは、ヌレエフの死から十年めのパリで。ヌレエフをはじめ、この作品を踊って名舞台を見せたダンサー達が相次いで同じ病に倒れたことを悲しんだベジャールが、作品の上演を長く封印していたのだ。

イレールがガルニエ宮で初めて「若者」を踊ったのはこの時・2003年1月、師・ヌレエフに捧げられたガラ公演で。彼はこのとき40歳、翌年この役でブノワ賞を受賞する。(現在、この作品を踊ることを許されているのはこの二人だけと聞く。)近年第一線からやや退いてからはどちらかというとアクの強いキャラクテール系(イアソン、ロットバルト、ムネステー・・・)を演じることが多かったイレール。その彼が、パリでの最後の演目として選んだのがクラシックの主役(これは私の解釈・・・)である「若者」だったことは、この作品が彼個人とバレエ史にもつ重みを考えれば不思議はないし、実際これ以上のものはなかっただろう。

暗い舞台の上には44歳のダンサーが立っている。もう若くはないし、肉体の衰えは隠せない。ただ、情熱だけに突き動かされているかのように踊る、そのときだけ、彼は若者になり、青春を生きる。男性ダンサーのために振付けられた、これほどに美しいダンス作品を、私は他に知らない。そして、その美しさを教えてくれたのは、イレールとルグリだ。最後に、運命が若者を暗闇の中に引き入れ、連れ去ってしまうシーン。徐々に暗闇に吸い込まれていくイレールを見ながら、ふと思わずにはいられなかった。果たしてこの作品もまた、永久に連れ去られてしまうのだろうか?と。


<2月20日付記>

読者の方からご指摘いただき、以下の箇所を修正しました。

「イレールが初めて「若者」を踊ったのはこの時・2003年1月・・」→

「イレールがガルニエ宮で初めて「若者」を踊ったのはこの時・2003年1月・・」

イレールは、1993年に東京バレエ団への客演で、「さすらう若者の歌」を高岸直樹さんと踊っている、と教えて頂きました。ネット検索してみたら、ちゃんと東バ公式サイトの高岸さんのプロフィールに載っていました(大変失礼しました・・・)。この時は、東バ創設30周年記念のガラ公演だったようですね。

http://www.nbs.or.jp/TokyoBallet/ja/company/dancers/principals/NaokiTakagishi.html

私の主な情報ソース・ヌレエフ財団のサイトと、英文資料にはこの件は載っていなくて・・・(汗)。パリオペ・プログラム上もイレールのプロフィールにこの作品がレパートリーとして掲載されるのは03年以降で、教えて頂かなければ気づくことはなかったと思います。(どうも有難うございました!)

それから、こちらも。

「現在、この作品を踊ることを許されているのはこの二人だけと聞く。」←この文章は撤回します。現在でも、ベジャール・カンパニーのダンサーたちは踊っている、との情報を頂きました(BBLのサイトにもレパートリーとして掲載あり)。

「作品としては」いまも引き継がれつつあることがわかりほっとしましたが、作品の歴史も、是非継承して頂きたいな・・・将来イレールとルグリからこの作品とその歴史を引き継ぐダンサーはあらわれるのでしょうか(勿論それはパリでなくても構わないけれど・・)。
2007-02-20 09:37 | パリ・オペラ座バレエ | Comment(6)
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- 2007/02/20(火) 09:58:04) 編集

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- 2007/02/20(火) 18:58:08) 編集

このコメントは管理人のみ閲覧できます
- 2007/02/21(水) 10:18:00) 編集

このコメントは管理人のみ閲覧できます
- 2007/02/23(金) 15:07:47) 編集

はじめまして。
偶然こちらのブログを見つけました。
ローランの引退公演の場にいらっしゃったんですね。
私も日本から駆けつけました。
一生の思い出の残る公演になりました。
ヨーロッパのバレエを身近で御覧になれて羨ましいです!
chelsea 2007/03/11(日) 19:18:13) 編集


chelseaさん はじめまして

おお~イレール引退公演、chelseaさんもいらしてたのですね!貴ブログにお邪魔してみたところ、記念ポスターが突然目に飛び込んできて、おもわず感動してしまいました(笑)。chelseaさんはイレールの長年のファンでいらっしゃるとのこと、あの夜の感動もひときわであったのでしょうね・・・本当に素晴らしい公演で、日本から駆けつけられた甲斐がありましたね!

>>ヨーロッパのバレエを身近で御覧になれて羨ましいです!

う~ん 私はよく日本のバレエファンはいいなぁ・・・と羨ましくなるのですが。お互い無いものねだりなんでしょうね・・・
Naoko S 2007/03/12(月) 05:41:47) 編集

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