パリ・オペラ座バレエ モダン・ミックス・プロ 【ローラン・イレールの引退公演】(1)
2007年2月14日、パリ・オペラ座ガルニエ宮で開催されたイレールの引退公演。当日の演目は、通常のプログラムの「アポロ」、「O zlozny/O composite」、「精密の不安定なスリル」、「アゴン」の4本に加え、特別に「さすらう若者の歌」を上演。最後の最後に初めて見たイレールの「アポロ」にすっかり魂を抜かれてしまい、感想を一気に書いたはいいものの、出来上がりは甚だ冗長かつ私情に満ち満ちたものとなってしまったので、これだけ先にあげておきます・・・

Apollon musagète

振付: ジョージ・バランシン(1928年)
音楽: イゴール・ストラヴィンスキー
パリ・オペラ座初演: 1947年
(131回目の上演)


<キャスト>

アポロ: ローラン・イレール
テレプシコール: アニエス・ルテステュ

カリオペ: エミリー・コゼット
ポリヒュムニア: エレオノーラ・アッバニャート


ローラン・イレールがかくも特別なダンサーである理由・・・私にとって。

何よりもまず、ダンサーとしての非凡さ、そして麗しい容姿(動く彫像!)。さらには大人の男の色気とかフェロモンとか・・・勿論それらは重要な要素ではあるけれど、それよりも何よりも、これほどまでに真の意味で「刺激的な」ダンサーは、世の中に他には存在しないから。

刺激的というのは、言い換えると、挑戦的だということ。彼の「最高の舞台」というのは、往々にして、「衝撃的な事件」と同義(私にとっては)。幸か不幸か、その種の舞台に遭遇すると、自分の常識や狭い経験則に根底から揺さぶりをかけられる。本当にね、舞台を見ながら、身体がグラグラに揺れて四肢がバラバラにされそうな心細さがある一方で、恐ろしくもスリリングな知的快感と興奮に酔わされるんです。

心も頭もガンガンに揺さぶられると・・・ 心はね 弱いです(笑)。いともあっけなく、ぐぐーっと惹きつけられるんだけど、頭が必死に抵抗始めちゃう。え、これは何?どういうこと??って、自分の浅はかな知識と経験を総動員して、愚かにも分析にかかるんですよ。こういうことを私にさせるダンサーは(概して)、イレールとロパートキナだけ。ただ、程度の差こそあれ、この種の経験は時として他のダンサーでも起きること。イレールのどこが違うか?というと、それは散々劇的に掻き乱してくれた挙句、比較的あっさりと私にこの無駄な努力をギヴアップさせ(てくれ)るところ。一見すると彼の解釈や表現は正統から外れていると見えかねないし、あまりに独自の世界を展開していると思われかねない・・・ でも、結局いつも辿りつく結論はひとつ。

おそらく、圧倒的に、彼は正しい。彼は直観的に作品の本質を捉えて、そのエッセンスだけを、実にさらりと(素手でぐいっと摑んだような粗野さは微塵もなく、洗練した手つきで)見せてくれているのだ・・・と、あっさり納得させられてしまうのだ。(例えばフェリと共演した時の「カルメン」もそう。妖婦に誘惑される役どころの彼自らが危険な誘惑者となって、むせ返るように濃密な逢瀬の刹那を切り取って見せたイレール。彼は説得力あるドン・ホセを演じる代わりに、カルメンの寝室のpddの本質--「男と女」の間に起きる、たった一つのこと--を、曝け出して見せた。)

この夜の「アポロ」、イレールは最初から最後まで、従来のトラディショナルなイメージとはかけ離れた、規格外のアポロだった。でも、そのことが気になるのは最初のほんの数分。その後は、とまどいと衝撃と陶酔の、「イレール・スペシャル」の空間に叩きこまれ、ただただ翻弄させられるだけ・・・。

幕が上がるとリュートを手にしたアポロが舞台中央でポーズしている。登場シーンのイレール、ギリギリまで絞られた痩せた身体の表情は、若々しい・青年アポロのものではない。最初のジャンプは重くて、思わずひやりとさせられる(彼がこの手の古典・ネオ古典を最後に踊ったのはいつだったろう?かなり前だったんじゃないかな・・・)。この後もイレールはあくまでマイペースで踊り続ける・・・多少形が崩れようが勢いを緩めることなく、自らの興趣の赴くまま、殆ど奔放なまでの踊り。自然に滲み出るカリスマと傲慢とも見えかねない自己への絶対的な自信。これが後半にかけて彼ならではのアポロ像として結晶する。(ここで勿論、否応なく、ヌレエフのことを思い出した。バレエ界の常識を破壊してクラシック・バレエにおける男性ダンサーの在り方を永久に変えてしまったヌレエフ。彼の生の舞台を見たことはないけれど、本能を信じ、「直観力」に特別に恵まれていた人だったのではないか、という印象がある。その部分を、イレールは引き継いだんじゃないかなぁ・・・と。)

イレールの踊りが冴えはじめたのは三人のミューズたちが登場してから。もっとも、あまりにお子様な二人のミューズたちはハナから彼の眼中にはない。唯一、テレプシコールだけが多少なりともこのアポロの興味をそそり、二人はpddを踊る。アニエス=テレプシコールとのpddはなんともいえない静けさに満ちたもので、終わったあとに拍手するのがはばかられるような、そんなpdd。なかなか美しかったけれど、なんといってもこのpddの前のイレールのソロ!これが、まさに、「事件」。

イレールが神サマに見えた、というわけではない(と思う)。ただ、彼がアポロのソロを踊る、その舞台を見ていたら、ああ、これはゼウスだ・このバレエは神の物語なんだ、と唐突に、でもすんなりと理解した。何を今更、アポロはギリシャ神話の太陽神でしょ、と言われそうだけど、私は過去この作品を何度か見ているけれど、そこに神性を感じたことは一度もなかった。若くて神々しい肉体を持つ男性ダンサーがあたかもアポロ神のごとく、美貌のミューズたちを率いて軽やかに戯れる・・・美しい光景だけれど、それは神性とは何の関係もない。このバレエにおいてギリシャ神話は「モチーフ」なんかじゃなく、神そのものが作品なんだ、と感じさせてくれたのは、このアポロが初めて・・・。こうして一旦新しい目を与えられると、それまでは何となくユーモラスだなという程度の感慨しかなかったアポロの振付が俄然新しい意味と面白さをもって見えてくる。例えばソロの後半、右腕を高々と掲げて拳をつくり開いたり握ったりする動き。これは文字通り掌中に世界を握っている神がその威光を誇示し威嚇するポーズに見えたし、力強い音楽にのって両腕を脇からぐーっと頭上に持ち上げるジェスチャー、それまでは神の威厳を示す一種のシンボル的な動きと思っていたけど、今回はシンボルではなく端的に、神的な存在の厳かさ、に見えた。当然、音楽もこれまでとは違って聴こえてくる・・・。

混乱と歓喜の波に呑まれてあえいでいる間もなく、続いて襲ってくるのは極めて現実的なフラストレーションと悲しみ・・・この役を「こんな風に」踊れるダンサーは、多分彼以外にはいないだろう。なのに、何故これが最初で最後なの?と理不尽な現実に無性に腹が立つ。

これは、もしかしたら(というよりほとんど確実に)Mr.Bの意図したアポロではないかもしれない。トゥー・マッチかもしれない・・・でも、非凡なダンサーというものはえてして振付家が意図する以上のなにかを舞台にもたらしてしまうものだし、軽々と既成の枠を越えてしまうもの。それに私はこういう若干ハミ出し気味の舞台を見る度にダンサーに個々の解釈の自由を許すバランシン作品の懐の深さを感じずにはいられないし、バランシン作品が生き続けるためにもこういう舞台が必要だ、とも思う。何はともあれ私は自分が今回経験した、あの感じ方を信じるしかないし、実際信じている。願わくば、この先何度目にするかわからないこの作品に、イレールの影が終始つきまとうことがないよう祈るしかない・・・。

最初の話に戻って・・・イレールの舞台が及ぼす特殊効果がもう一つ。舞台を見たときの感じ・・・衝撃・歓喜・陶酔・至福・・・・何もかもひっくるめて身体にずしっとその時の経験が残るのがイレールのダンス。(身も心も頭も占拠されてしまう・・・というわけ。) 何故だろう あまりにも彼の磁力と舞台の残像が強すぎるためか?頭の中(記憶)だけでなく、身体にも経験したことの重みがいつまでも残る。ジゼルも、4Tもそうだったし、今回のアポロもきっと・・・。
2007-02-18 08:00 | パリ・オペラ座バレエ | Comment(5)
Comment
Naoko Sさん、こんにちは。はじめまして。mizukoと申します。
いつも楽しく拝読させていただいておりますが、この度思わず筆を取らせて(?)いただきました。

ローラン・イレールの『アポロ』、一度観たことがあります。
2003年7月、シャルル・ジュドが中心となって行なった東京での「ヌレエフ・フェスティバル」でのこと。このときの"衝撃"は、今でも忘れることが出来ません。
Naoko S さんのおっしゃるとおり、それは「神」でした。神々しいのは言うまでもなく、でもそれだけではなくて、なんというか、もうほんとに自分の語彙力のなさが情けなくてたまらないのですが、ちょっと人間離れした、人間だとするとちょっと普通じゃないよなーと思えるような仕草や立ち振る舞いによって、アポロは神話の中の神であるということを表出させていたのには、心底驚きました。こんなことが出来るんだ、イレールには可能なんだ、と。それまで『アポロ』自体ほとんど見たこともなかったうえ、また、この作品は「アポロ神」の雰囲気を醸し出せるくらい美しい身体をしたダンサーが単に普通に踊るというものだと思っていて、面白いと思ったことはなかったのです。そして、イレールのアポロを見た後、他のダンサーが踊るのも見ましたが、イレールの影がつきまとって、つきまとって・・・ということに相成りました。

この来日時、別の日にレニングラード国立の『ジゼル』にアルブレヒトで客演(ジゼルはザハロワに代わりレティシア)したのも観たのですが、第一幕冒頭、イレール氏が舞台に走りこんできた瞬間に、そのあまりの男の色気に一発KO。鼻血出るかと思いました。。。^^;

アデュー公演をご覧になれて、本当によかったですね。私もNaoko Sさんの詳細なレポートを拝読して、自分もその場所にいた気分になっています。感謝。
mizuko 2007/02/18(日) 14:10:10) 編集

Naoko Sさん、こんにちは!こちらにお邪魔するのははじめましてでしょうか~♪
イレールのアデュー公演の様子、興味深くロムにて拝読しておりましたが、「アポロ」の感想を読んでたまらなくなって出てきてしました。

>この役を「こんな風に」踊れるダンサーは、多分彼以外にはいないだろう。

>こうして一旦新しい目を与えられると、それまでは何となくユーモラスだなという程度の感慨しかなかったアポロの振付が俄然新しい意味と面白さをもって見えてくる。

うーーーん、まさに!!!!
私がイレールのアポロを見た時も、(2003年の夏に日本で行われた「ヌレエフ・ガラ」)、まさにそういう強い印象を受けました。
今までただの振付だと思っていたものが、大きな意味と輝かしさを持って立ち上がり、ひとつの流れに繋がり豊かな物語を紡ぎ出す。それを初めて目の当たりにしたときの衝撃と快感!
本当に、彼は、直観的に「作品の本質」をつかみ取り、それを観客に見せてくれることの出来る、選ばれたアーティストだと心底感服しました。
今だとまた更に凄みを増しているのでしょうねぇ。ううむ、見たかった‥‥。

今まで見せてくれたイレールの素晴らしいパフォーマンスの想い出に、心から感謝と賛辞を贈るとともに、ぜひ、日本でも「美神」のリベンジをお願いしたいものです。待っているファンは多いのですから~
RIE 2007/02/18(日) 14:13:03) 編集


mizukoさん はじめまして。2003年夏のイレール@アポロのご感想をお寄せ頂きありがとうございました!

>>ちょっと人間離れした、人間だとするとちょっと普通じゃないよなーと思えるような仕草や立ち振る舞いによって、アポロは神話の中の神であるということを表出させていたのには、心底驚きました。こんなことが出来るんだ、イレールには可能なんだ、と。

ふぅぅーっ・・・(嘆息)。そうですか そうでしたか・・・
仰るとおり、「ちょっと普通でない」所作と表現、それこそがイレールのアポロを神たらしめていた・・・と、私も今回の舞台を振り返ってつくづく思います。

mizukoさんが同じような感慨をもたれたと書いてくださって、とても勇気づけられました・・・何たって私は彼のファンなので、どうしても妄想入りまくりで舞台を見てしまいますから・・・冷静な目(?)でご覧になった方のご感想をお聞きできてとてもありがたいのです。(イレールのアルブレヒトについても触れてくださってありがとう!なにせ私はコレで真逆さまに彼への恋に堕ちましたので、おっしゃることは、痛いくらい、よーくわかりますわ・笑)


おおー RIEさん!こんにちは~。コメントくださってありがとうございます。

確かRIEさんがヌレエフ・ガラでのイレールのアポロについて肯定的なことを書いていらしたなー・・・という記憶がかすかにあったのですが、そうでしたか!

>>今までただの振付だと思っていたものが、大きな意味と輝かしさを持って立ち上がり、ひとつの流れに繋がり豊かな物語を紡ぎ出す。それを初めて目の当たりにしたときの衝撃と快感!

ううー くくーっ ははあー(息も絶え絶え)まさにこれ、私が今回感じたことです!素晴らしく美しく表現してくださって有難う~(感涙)。

いやはやしかし、RIEさんにとってもイレールのアポロは大いなる覚醒と衝撃の経験だったのですね・・・これには大いに勇気づけられます。そして、「選ばれたアーティスト」と言って下さって・・・嬉しいですわん。

「美神のリベンジ」ね、私もほんっとうに心から果たして頂きたいと思ってはいるのですが・・・見る目のある、日本のバレエファンを前にアデュー公演第二弾!なんて企画ができないもんでしょうかねえ~(嘆息)。
Naoko S 2007/02/19(月) 02:38:04) 編集

おぉ、Naoko様のアポロ評!

そうなのです。音楽をムーブメントで表現する「踊り=音楽」のバランシン作品において、イレールほどその音楽の本質を自らの表現力で表出せしめるダンサーはいるでしょうか。
舞踊作品、というよりも、音楽の持つ可能性を極限まで押し広げた上で視覚的な悦楽を加えることでその作品世界を深化させる・・・全く、意識してかしないでか、殿の達した境地は前人未踏の域に達しているのですわ。つくづく恐ろしいヒトだと思います。

>見る目のある日本のファンを前にアデュー公演第二弾!

素敵な企画ですわ~。
今度こそ、ルグリに引かれて舞台奥に消えていくイレールの表情をしっかと見届けて後、静かな余韻を味わってから万雷の拍手を浴びせかけたいものでございます。(←「さすらう若者の歌」よほどくやしかったらしい^^;)

maria 2007/02/19(月) 06:53:09) 編集

maria様!

>>舞踊作品、というよりも、音楽の持つ可能性を極限まで押し広げた上で視覚的な悦楽を加えることでその作品世界を深化させる・・・全く、意識してかしないでか、殿の達した境地は前人未踏の域に達しているのですわ。

はぁ~(とろとろとろ・・・←溶けている)。

オペラティックとすら形容したくなる美しく、かつドラマティックなmaria様ならではの表現ですね・・・あの舞台が蘇ります!殿は、おそらくご自分では意識せずして、あの'恐ろしい'舞台空間を現出せしめてしまうのだと思います。本当に、幾人のアーティストが到達しうる境地でしょうか・・・

今回、maria様をはじめ心からイレールを愛する友人達とアデュー公演を見届けられたことは、本当に幸せなことでした。maria様の無念を晴らすためにも(!)、さすらう~は是非もう一度、日本の観客の前で披露して頂きたいですね・・・
Naoko S 2007/02/19(月) 10:28:19) 編集

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