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ロメオとジュリエット (10/22) Part 2
前回の記事の最後に、フリストフのロメオはジュリエットと出会った瞬間から「猛烈な勢いで化けた」と書いたけど、これはちょっと適切でなかったかも・・・

決して、いきなり表現が激烈になったとか、突如人が変わったようだった、というのではないんです。でも、運命の出会いの後のロメオは、一幕とは明らかに別の人物だった。フリストフの表情はごくごく自然なのだけど、ロメオの心の変化が手にとるようにわかって、ひょっとしたら大変な演技派?と瞠目させられた。どちらかというと控えめな表現、でも感情が内側から徐々に湧き上がってくる感じで、見ていてどんどん引き込まれる。

お遊びのつもりで紛れ込んだ敵陣の舞踏会で思いがけずジュリエットに出会い、一瞬とまどうけれど、胸にこみあげてくる新しい感情に逆らうことなく素直に身を任せる。恋心が加速度的に募っていくのに比例して、顔の表情がどんどん明るくなっていくところが素晴らしかった。

表現だけでなく、このロメオはジュリエット(パートナー)の登場以降は踊りまで良くなってしまった。ジュリエットの奏でるリュート(?)の音にのって女友達が踊り、そこにロメオが加わるシーン。ここの最後に、一幕一場で悪友達と一緒に踊るシーンとよく似た振付が出てくるでしょう アティチュードしながら回転する・・・同じ振付なのに、ジュリエットを目の前にして踊った時の方がずっと良かった。

純真無垢なジュリエットに一目で恋に落ちてしまい、彼女から一瞬たりとも目を離すことができないロメオ。一方都さんのジュリエットは、初めて経験する新しい感情にすっかり動揺してしまう。踊るロメオをしっかり直視することができず、リュートをつまびきながら目線は床をさまよい、時折遠慮がちに目を上げる。

都さんのジュリエットは幼さの残る少女で、世の中の色々なことを知る前に、恋に落ちてしまったというか・・・いや、初めのうちは、もしかしたら自分が恋に落ちたという意識すらはっきりとはなかったかもしれない。ただ、素直にロメオに惹かれる気持ちに従っているだけ。自分の行為がどんな結果を招くかなんてことには、到底考えがおよばない。

舞踏会を抜け出して初めて二人きりになるシーン。ここはとても甘やかな雰囲気でよかった。楽しげに踊る二人の前に突如姿を現すティボルト。ここでとても印象的だったのはエイヴィスの演技。ジュリエットを諌めることはせず、目も合わせずに、ただそっと、"下がりなさい”というジェスチャーだけしていたのだけど、まるで、ここは子供の出る幕じゃないからとでも言っているようだった。彼は、ロメオにだけ対峙する。都さんのジュリエットが本当に”庇護すべき子供”に見えたので、このエイヴィスの演技はすごくツボにはまった。

バルコニー・シーンは、とてもスムーズだった。フリストフ@ロメオの恋心はいまや溢れんばかりで、その感情に突き動かされて踊っているように見えたし、都さん@ジュリエットも喜びで顔が輝いている。(彼女の動きの軽いこと・軽いこと・・・)二人のコンビネーションはとても自然で、すがすがしい。(休憩時間に常連のJがバルコニー・シーンについて、「今日の二人は(初日のペアより)リラックスしてたわね」とのたまった。このシーンでリラックスしてる、っていうのも妙な感じではあるけど、言いたいことはよくわかる・・・本当に、流れのいいpddだった。)

残念ながら、ニ・三幕については時間の都合上駆け足で・・・一番印象に残っているのは、パリスとの結婚を強要する両親との葛藤の場面。都さんのジュリエットがあまりに幼い少女に見えたので、この場面は本当にかわいそうだった。このシーンで、"守ってあげたい"と思わされたジュリエットを見たのは初めてかも・・・。ここで、パリスの手からすーっと逃れて・離れていくときの、細かくて繊細なパ・ド・ブレが印象的だった。綺麗な足(&脚)だなあ・・・とみとれてしまった。

カーテンコールで、大入りの観客の反応はとってもよかった。都さんは美しい笑顔、フリストフは会心の笑顔を見せてくれて、フリストフは都さんの手(の甲)にキスする余裕がありました。
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2007-10-31 09:37 | ロイヤル・バレエ | Comment(6)
ロイヤル・オペラ 「ワルキューレ」(10/28)
英国は昨日(10/28)から冬時間に切り替わりました。これから3月末までの間、日本との時差は9時間になります。

今日会社を出たら、まだ6時前だっていうのに、ほとんど闇夜!真っ暗で、思わずため息ついてしまいました。長い夜が延々続くこれからの季節、観劇の回数がますます増えそうです・・・

都さんとフリストフのR&Jレポがまだ途中ですが、こっちの方がさくっと書けそうなんで、先にあげちゃいます。昨日鑑賞したリング・サイクル二日目、「ニーベルングの指輪・第一夜」の「ワルキューレ」。

<キャスト>

Siegmund: Plácido Domingo
Sieglinde: Eva-Maria Westbroek
Hunding: Stephen Milling
Wotan: John Tomlinson
Brünnhilde: Lisa Gasteen
Fricka: Rosalind Plowright
Gerhilde: Geraldine McGreevy
Ortlinde: Elaine McKrill
Waltraute: Claire Powell
Schwertleite: Rebecca de Pont Davies
Helmwige: Iréne Theorin
Siegrune: Sarah Castle
Grimgerde: Claire Shearer
Rossweisse: Elizabeth Sikora

Director: Keith Warner
Set Designs: Stefano Lazaridis
Costume Designs: Marie-Jeanne Lecca
Lighting: Wolfgang Göbbel

Conductor: Antonio Pappano
The Orchestra of the ROH

(224th performance at the ROH)


昨夜のサイクル3・ワルキューレは大変な盛り上がりのうちに幕を閉じました。

いや~よかったです。これ、やっぱりリング四部作の中で一番見応えがあるんじゃないかしら 前回単発で四作品上演されたのを観たときもそう感じたんだけど。(ワグナーの熱心な聴き手では全くない人間の、漠たる感想です。)

昨日は、私的にかなり危なっかしい出だしだったんですよ 実は(先週に続いて・・・)。行きのピカデリー・ラインがいきなり不通になっちゃって(まぁこれ自体は日常茶飯事なんですけどね)、アールズ・コートで立ち往生すること20分。日曜で他のラインもシャット・ダウンされてて、仕方なく遅れてきたピカデリーに乗って、結局レスター・スクエアの駅に着いたのが開演時間の午後3時キッカリ。”絶対に、開演は5分は遅れる!"と信じて駅から猛ダッシュして、場内の灯りが落ちる30秒前に席に滑り込みました。(ほんっとーに、ラッキーだったわ・・・)

一幕、幕が上がるや舞台上手におかれたダイニング・テーブルの上にうつ伏せで横たわるドミンゴ@ジークムントの姿が目に入る。凄かったのが、彼が第一声をあげるや、ぎっしり満員のオーディトリアムが(文字通り)水を打ったように静まりかえったこと。幕が上がってほどなく、舞台と客席を完全に掌握してました。こういうことのできるパフォーマー、久々に見た。

一幕前半のドミンゴは、決して絶好調ではなかったように見えました。最初の数分は随分と鼻にかかった声で、”ひょっとしてお風邪?”と焦ってしまった。(いや、この鼻にかかった声も実にセクシーでよかったんですが。)高音域で声に艶と伸びがいまいちかなと感じられる場面があって、むしろ低音での陰影ある表現がよかった。

昨夜感心(感激)したのは、この人の歌唱の彫刻的な美しさ。うまく言えないのだけど、発音?発声?のせいなのかしら 発せられた言葉が実にくっきりとたち上って、まるで生き物のよう(ほんとに上手く表現できないんですが・・・)。私なんて、彼の美声を聴けるだけで恍惚としてしまうけど、やっぱり非凡なのは声質だけじゃないのね・・・。

そして驚くべきは、還暦をとうに過ぎたお年で、ヒロイックな恋人の役がなんてよく似合うこと。一幕、生涯人に追われる運命を背負った・影のある迷い人の時は、やや世を拗ねた表情。それが、幼少時に生き別れとなった双子の妹・ジークリンデと運命的な再会を果たしたところから、徐々に若々しい表情にかわっていく。

二幕のドミンゴ@ジークムントは、ジークリンデを全身全霊で愛する一人の男そのものだった。純粋で愛に飢えたジークムントにとって、ジークリンデが自分の妹である事実は、彼女を愛するさまたげにはならない。ひたすらまっすぐに彼女のことだけを想って、ジークリンデには居場所のないヴァルハラに行くことを断固拒否する。その思いの深さと一途さに、女戦士ブリュンヒルデは目を開かれる。父ヴォータン(ジークムントはヴォータンと人間の女性の間の子供)に裏切られ、フンディングの剣によって命を絶たれるジークムントが、その直前に、こんこんと眠るジークリンデを見守るシーン。幼子を寝かしつけるように愛おしそうにジークリンデを見守り、切々と彼女への思いを歌いあげるシーンが、この夜のハイライト。情熱的で甘くて、かつ知的な抑制のきいた、本物の大人の男・・・こんな人(オペラ歌手)、絶対他にはいない!

三幕の山場は父・ヴォータンの命にそむいたブリュンヒルデがヴォータンとさしで対峙するシーン。表向き怒り狂うヴォータンは、その実どうやって状況に収拾つければいいか、まるでわかってない。その父に自分の真意をなんとかわかってもらおうと説得につとめるブリュンヒルデ。堂々めぐりの議論が続いて、いい加減途中で飽きてくる。(・・・もうさぁ ヴォータンは娘に惚れてる時点で既に負けてるんだから・・・彼女に劫罰下すことなんて所詮できるわけないんだから、素直に負けを認めて、とっととこのシーンけりつけてよ~と、見ながら心の中で”巻き"を入れてしまった私。)自分より遥かに勇敢で高邁な志を持つ娘、その娘を愛してしまっている父、この二人の対決シーンをここまで引き伸ばすって、ワグナーには相当思い入れのあるシーンなのかなぁと邪推してしまいましたよ。

トムリンソンとガステーンは<いつもながら>とても有能なパフォーマーだと思いました。でも、感動はしないんだよね・・・(時間の都合上、そのほかの出演者についてはコメントできません あしからず。)

最後に、オケは、よくなかったです。弦はまあまあだったけど、戦犯は管!(・・・と思う。)2幕のクライマックス・シーンの一つ、ブリュンヒルデがジークムントに「死の宣告」をする場面。無音で静寂が支配する中、(多分)管楽器の(多分)ソロがもの悲しい音を発するところで・・・

なんともヘナチョコな音が飛び出したかと思うと、シュワ~と消化不良のまま情けなく鳴って、散った・・・。「そこで外すか、ボケ~~~!!」・・・思わず舌打ちしそうになりましたよ・・・(ったく!)緊迫感に満ち満ちたシーンが台無し。(あれって絶対わざとでしょうね そうとしか思えない!)

☆☆☆

演出のせいもあったのかもしれないけれど、今回ラインゴールド~ワルキューレと再見してつくづく感じたのは、リング四部作ってイヤになるほど人間臭い、ほとんどリアリズムのオペラだなあ・・・と。「神々」が登場するわりには、ファンタスティックな要素があまり感じられないんですよねえ。音楽は劇的で官能的、なかなか面白くはあるけど、私的には「劇」の比重(存在感)が圧倒的に大きい「楽劇」。それにしても、このリブレットねえ・・・(作品の元ネタのゲルマン・北欧古詩もこんななんでしょうか・・・?)

現実的といえば・・・たとえば、ヴォータンとフリッカの夫婦のやりとりなんて、あまりにリアルで(高圧的な・女王様的な妻に、抵抗してはみるが結局勝てない夫)、もう少し夢を見させてくれよ~といいたくなるというか。

ともかく、ヴォータンという人物がリアルすぎるのよね・・・恐妻家で、中年男の悲哀が感じられて、なんだかいたたまれなくなっちゃう。"神"とは名ばかり、結局は妻と娘の意思(の強さ)に翻弄させられてる、ダメダメ男(好意的な言い方をすると、気が弱くて優しい・・・とか?)。

あと、19世紀的な道徳観が作品中ちらちらと顔を出すのが面白かった。典型的なのが、フリッカ。彼女は「婚姻の女神」で、結婚の聖性を擁護する十字軍的存在。夫が人間の女に孕ませた息子(ジークムント)の存在が面白くないのは勿論、兄と妹の間の愛なんて許せるはずがない。しかも妹の方は婚姻の絆を破っている(夫・フンディングを捨ててジークフリートと逃亡中)。でも、不老不死の神たる存在が、下々(mere mortals)のモラルが気になるなんて?

ジークリンデの態度・心情にも、モラルが影をおとす。ジークムントと出会った直後は情熱的に彼を愛するのに、ほとぼりが冷めると、自己嫌悪に陥ってジークムントを拒絶する。"私は汚れている”とかいう類のセリフがあるんだけど、こういうの、シラけます・・・。たかだかオペラ作品なんだから、その辺は多少自由でいいじゃないかと思うんだけど、やっぱりその当時はまずかったんでしょうかねえ。(え、今でもまずい?)

☆☆☆

カーテンコールは、たいそう盛り上がりました。ドミンゴとジークリンデ役のウエストブレーク、そしてトムリンソンにはアンフィのお客さんから盛大なフラワー・シャワーが。ドミンゴへの拍手とブラヴォは勿論すごかったけど、それと同じぐらいトムリンソンにも熱烈な拍手が送られてました。途中から場内総立ちで、何度も続くカーテン・コール。三幕は出番がなくて休憩できたドミンゴは元気を回復したのか(?)、しきりに舞台の上に散った花を拾って、マエストロ・パッパーノや他のキャストに嬉しそうに手渡していました。
2007-10-30 09:14 | オペラ | Comment(0)
ロイヤル・バレエ ロメオとジュリエット(10/22)
<キャスト>

ジュリエット: 吉田都
ロメオ: ヴァレリー・フリストフ

マキューシオ: ホセ・マーティン
ティボルト: ゲイリー・エイヴィス
ベンヴォリオ: エルンスト・マイズナー
パリス: トマス・ホワイトヘッド
キャピュレット公: デヴィッド・ドリュー
キャピュレット夫人: エリザベス・マッゴーリアン

とってもいい舞台で、見た後二、三日高揚感が残りました。ロミ・ジュリなのに、見終わって何ともいえない暖かな気分になって・幸福感に浸れるというのは、ちょっと違うんじゃないか・・・という気がしなくもないけど、そういう舞台でした。

・・・実は、この日出だしは必ずしもスムーズではなかったんです・・・。なんとも愚かなことに公演日を勘違いして憶えていて(よくやるのですわ これ・・・)、当日会社に着いてからそのことに気づいたというていたらく。で、オペグラを持って来てなかったので、仕方なくオペラハウスで売っている紙でできた2ポンドの簡易版を購入。(ないよりはましだったけど、ダンサーの顔の表情は若干ぼやけて見えた。)

この夜はアンフィ・サイドの前から5列目に座っていたので、初日よりはいい位置。ただ、舞台の下手最前線が見えないので、キス・シーンは(またしても)見られなかった。ぼけてたせいで、滑り出しは順調とは行かなかったけれど、席に落ち着いてキャスト・シートを広げるや、ついほくそ笑んでしまいました。ごひいきキャラクター・ダンサー二人の名前を発見!

"ふふ 今夜はエイヴィスがティボルトか やったね~。それにキャピュレット夫人はマッゴーリアンだ~ 安心して見られそうだわ♪”

さらに、ベンヴォーリオには、エルンスト・マイズナー。

”お マイズナー君だ!ひょっとして役デビューかしら?よかったわね~~♪”

(注: マイズナー君に反応してしまった理由については後述します。)

と、気持ちが盛り上がったところで幕が上がり・・・

冒頭のシーン、フリストフのロメオはやや地味目に登場。この方、どちらかというと小柄で、格別華やかさもない。ダークな容貌で外見はロメオに向いてるんだけど、やや落ち着きすぎの雰囲気が漂っている(友人説では彼は20代後半らしいのだけど)。

モンタギュー・トリオはまたも"小粒"な印象だったけど、3人のコンビネーションは初日よりも良かったように思う。同年代のダチ同士、って感じはよく出てた。

ここに、エイヴィス@ティボルトが登場。瞬時に舞台が引き締まる。モンタギュー・トリオがややライト級なせいもあり、いやでも引き立つティボルトのヘヴィー級の存在感。いいねぇ~ エイヴィス。ティボルトは、こうでなくっちゃ!

ファイト・シーンに続くジュリエット登場のシーン。都さんはあまりにあどけなくて、少女というより小さな女の子、という感じ。大きな瞳が雄弁で表情ゆたかで、最後の、胸のふくらみに気づいて思春期を意識するシーンでは、コジョカルの時よりも客席の反応が大きかった。

パリス役のホワイトヘッドは・・・どちらかというと小柄でがっちりした体型の彼にはパリスの衣装が似合わない。大体、このダンサーってパリスを踊るタイプじゃないと思うんだけど・・・と腑に落ちなかったんだけど、後で聞いたところでは彼は別の日にはティボルトを踊っているらしい。うん、確かにティボルトの方がまだ似合いそう。(しかしさぁ ティボルトとパリスを同じダンサーに踊らせるって・・・ありなの?)

キャピュレット家の舞踏会。パリスにエスコートされたジュリエットが踊るシーン。ここでの都さんの動きは軽くて、繊細そのもの。身体を若干斜めに倒してアラベスクするシーン、ここはしなだれかかるように身体を倒しすぎるダンサーが多くて、それがあまり好きじゃないんだけど、都さんは絶妙の角度で止めてくれて、好みだった。空気に溶けこみそうな軽やかで繊細なアラベスクに、ジゼルを見ているような錯覚におちいる。

清らかな光に包まれているような、純真そのものの少女の姿にふと目をとめるロメオ。

ここから、フリストフのロメオは猛烈な勢いで化けます。

(続く)
2007-10-29 10:22 | ロイヤル・バレエ | Comment(1)
リング・サイクルとオペラ座のスト
あぁ~今日は一日身体が痛かった・・・特に背中とお尻が。なぜかと言いますと、昨夜リング・サイクルのサイクル3が始まって、第一弾のラインゴールドを見に行った、のはいいんだけど・・・

ROHでの私のオペラ鑑賞の指定席は、アッパースリップスという、オペラハウスの最上階・アンフィシアターの両サイドに貼り付いている、まさに天井桟敷席。2列あって後列に座ると手を伸ばすと天井につきそうなところなんですが、音響はいいし、前列中央よりに座ると舞台サイドがちょい欠けるぐらいで視界もよく、何よりチケット代が安くて一度座るとなかなかやめられない、という席なのです。(今回のリング・サイクルは4公演セットで50ポンド、約1万2千円。)

幸いにして大体いつもこのスリップスの前列中央よりが取れるので、オペラではここに座ると決めてるんですが、唯一のネックは・・・ 個別に席があてがわれていない、ベンチ・シートなこと。安くてお得なスリップスは、人気公演では大体いつも常連でぎっしり埋め尽くされてます。勿論昨夜もその例外ではなく・・・

左サイドの前列端(AA1)に座っていた私の隣は日本人の友人、その横には巨体のオジさん、そのまた隣にはこれまた横幅の広い常連のオジイさん。昨夜はAA列のチケットを持っていたお客は全員見に来ていたようで、ほんとにぎゅうぎゅう詰めでした。こうなると、端っこに座っている私は押し出されてベンチからはみ出しそうになる、のがいつものパターンなんですが、 隣に座っていた友人がスリムで小柄なひとなのが幸いして、なんとか踏ん張って座ってました。

スリップス席では基本的に身を乗り出さないと舞台が見えないし、上体を斜めにして座らないといけないので、長時間この不自然な体勢でいるのはかなり疲れます。たいていのオペラなら我慢できるんだけど、昨夜のラインゴールドは、2時間半ぶっ通し!さすがにこたえました。あと3回、体力勝負だけど、「ワルキューレ」」と「ジークフリート」はすっごく楽しみ、気合が入ってます。

その理由は、ジークムントをドミンゴが歌う予定なので。キース・ウォーナー演出の現行RO版・リングは昨シーズンとその前のシーズンに単独作品として見てるし、特に好きというわけでもないのに何故サイクルで見ることにしたかというと、目的はただ一つ、ドミンゴを聴くため。サイクル2には予定通り登場されていたようなので、ともかく無事歌ってくださることを祈るばかり。

明日日曜は、早速ドミンゴの登場する「ワルキューレ」なのです(わくわく~)。先週入手したサイクル2のラニング・タイム情報によると、上演時間3時間51分、休憩時間(なんと)1時間45分、オペラハウスで5時間36分過ごすことになるのです・・・ふ~武者震い。(一回目の休憩が30分、2回目の休憩は1時間15分もあるんですよ!2回目は「ディナー休憩」だって、大きなお世話というか・・・ハウス内のレストランでお金落としてほしいってことでしょうけど。前回もこうだったかなあ 全然忘れてる・・・)

続いて、がらっと話題は変わりますが、パリ・オペラ座のストライキについて。昨夜帰宅してダンソマニを見たら、なんと、昨夜(26日)初演予定の「プレルジョカージョ/マクレガー・プロ」がストでキャンセルされたと。

で、オペラ座のサイトに行ってみると、この日だけでなく、今月末まで複数公演がキャンセルの危機にさらされているようなんですね 特にオペラがひどい。今夜のオペラ二公演は両方ともキャンセルされた模様、明日28日のバレエのマチネ公演は今のところ予定通り行われるようですが。

http://www.operadeparis.fr/Accueil/Actualite.asp?id=346

パリオペは昨シーズンも「シンデレラ」(バレエ)の初日がストで流れましたよね・・・今回のストはフランスで今月中旬にあった公共交通機関のストと根っこは同じで、サルコジ大統領の提唱する年金改革に反対する公務員のストのようです。ちょっと前に新聞で読んだんですが、この改革に影響を受けるのは特定の職種・組合に属する公務員らしいのですが、その中に国立パリ・オペラ座のスタッフも入ってるんですね。

私はフランスの政治のことなんて全然知りませんが、数年前にフランス全土で移民の暴動がおきた時のサルコジの強権的対応からすると、両者の歩み寄りとか妥協路線には期待できそうにない気がする・・・膠着状態が長引くかもしれませんね。

この年金改革問題が決着するまで、パリにバレエ鑑賞旅行に行くときは、万が一に備えて観劇以外の楽しみというか目的を考えておいた方がよさそうですねえ・・・。
2007-10-28 07:28 | パリ・オペラ座バレエ | Comment(12)
ジョナサン・コープが踊る!&マリス・リエパ・ガラ
今日ロイヤル・オペラ・ハウスから入った情報によると、来月15日に予定されているガラ公演、"The World's Stage at Covent Garden"にジョナサン・コープの出演が決まった模様です。

そして、ロイヤル・バレエのプリンシパル・ゲスト・アーティストでもあるロベルト・ボッレも参加、「カルメン」を踊るとのこと。(この作品はROHで初めての上演となる・・・と書いてあるのですが、誰の振付だろう プティのかな?)

ジョナサン・コープについては、"ROHの舞台で彼を見る最後の機会になるかもしれませんよ・・・”とのこと。演目については情報がないんですが、何を踊ってくださるんでしょうか。彼は引退公演が怪我で流れてしまったので、このガラで華々しく&きちんとお送りできるなら嬉しいです。

ガラ公演はファンド・レイジングが目的で、オペラとバレエのミックス構成。バレエの目玉は、ロイヤル・バレエのレジデント・コレオグラファー、ウェイン・マクレガーの新作披露なんですが、プログラムの詳細は未定です。

http://info.royaloperahouse.org/News/Index.cfm?ccs=1133&cs=3186

さて、ガラ公演の情報をもう一つ。こちらは来年2月24日ロンドン・コロシアムで行われる、"FLIGHT: Maris Liepa gala"

ラトビア出身で卓越したボリショイ・ダンサーであったマリス・リエパの功績を讃える特別公演ですが、出演者が凄い!見てください:

Maria Alexandrova, Federico Bonelli, Johan Cobborg, Alina Cojocaru, Vladimir Derevianko, Viviana Durante, Sergei Filin, Ivan Kozlov, Sarah Lamb, Ilze Liepa, Agnes Letestu, Ulyana Lopatkina, David Makhateli, Jose Martinez, Natalia Osipova, Mark Peretokin, Sergiy Polunin, Tamara Rojo, Viktoria Tereshkina, Nikolai Tsiskaridze, Ivan Vasiliev, Igor Zelensky

この人たちが"ほんとに”全員来てくれたらすごいけど、どうなることか?

http://www.eno.org/whats-on/whats-on.php?id=80085&season=forthcoming

豪華出演者の中で"異色さ"で目をひいたのは、まずはヴィヴィアナ・デュランテ。いや~びっくりした・・・ヴィヴィ、ロンドンで踊るの何年ぶり??それから、セルギィ・ポルーニン。この方、この夏RBSを卒業してロイヤルに入団したばかりの期待の新人。(今バヤデールでブロンズ・アイドルを踊ってるみたいです。)ウクライナ出身で、2006年のローザンヌ優勝者(視聴者賞も獲得)ということですが、大スター達の中に混じって、かなり違和感があります。楽しみではありますが・・・

ちなみにこの公演のチケットはかなり前から発売されてるけど、殆どパブリシティ打ってないせいか、売れ行きはイマイチの模様。(今サイトを見てみたらドレス・サークルとアッパー・サークルは9割方残ってました。)ご興味ある方、良席はお早めに~。
2007-10-26 07:14 | 情報系(ニュース、公演) | Comment(11)
パキータの行方&ナタリヤ・オーシポワ
あああ・・・ダンソマニでショッキングな情報を目にしてしまった・・・

オレリーがパキータ降板、というもの。慌ててオペラ座サイトに行ってみましたが、こちらは何も変わってなくてまだ彼女の名前は入ってる。スカラのサイトの「ル・パルク」キャストにもまだ名前があるのに・・・怪我したのかしら?

私の記憶に間違いなければ、オレリーはまだ本拠地でパキータを踊ってない。今回を逃したら、もう見られる可能性なくなっちゃうかも・・・ああ 落ち込む・・・

この話が本当だとしたら、残るパキータは4人、アニエス、マリ=アニエス、エミリーにドロテ。エミリーとドロテは役デビューのはず(?)だし、ドロテはくるみと掛け持ちだし、この4人だけで回るのかしら・・・ああ不安。

さて、話題はがらっとかわってボリショイのナタリヤ・オーシポワ。彼女の公式サイトができたようです:

http://www.natalia-osipova.com/osipova-7.html

"News"欄に12月のトリノ公演までの出演予定が出ています。ナタリヤ・ファンの方、お気に入り登録をお忘れなく~。
2007-10-25 07:38 | 情報系(ニュース、公演) | Comment(1)
都さんのジュリエット
昨夜(10/22)、都さんとヴァレリー・フリストフの主演するロミ・ジュリを見てきました。

前回の記事で、降板したボネッリの代役としてロメオ・デビューするフリストフについて、”大丈夫かいな~”と不安&不信感を露呈してしまいましたが・・・

・・・ここでご本人、ファンの皆様に、深くお詫び申し上げます!<土下座>

蓋を開けてみると・・・実によかったんですよ この方のロメオ。都さんとのコンビネーションも即席とはおもえないほどしっくりいって、とっても良い舞台を見せていただきました。先週との逆パターンで、こちらは期待してなかった分よけいに有難く感じられたのかもしれません・・・これだから、舞台はわからない!

(ちなみにHristov(フリストフ)の日本語表記なんですが・・・今まで「ウリストフ」と書いてたんですけど、これはこっちの方が発音に近いのではないかと思っていたので。<実際の発音は喉の奥から搾り出すような、クゥーっていう音みたい。"f-u”ではない>ただ、検索にかけてみるとフリストフの方が一般的なようなので、こちらに変えます。)

詳しくは、後日レポをアップします~。
2007-10-24 08:20 | ロイヤル・バレエ | Comment(2)
ロイヤル・バレエ マックレーのロメオ・デビュー
去る火曜の夜にオープンしたロイヤル・バレエの「ロメオとジュリエット」。なんといっても注目は、怪我で降板のヨハン・コボーの代役でロメオ・デビューを果たしたスティーヴン・マックレー。この日ロンドンにいて・チケットを入手できた幸運なバレエ・ファンはこぞって集結していたのではあるまいか・・・と思われるほど、常連遭遇率がやたらめったら高かったです。イギリスのバレエ・ファンがこのダンサーにいかに大きな期待を寄せているか、想像以上にすごいことがひしひしと感じられました。

<キャスト>

ジュリエット: アリーナ・コジョカル
ロメオ: スティーヴン・マックレー

マキューシオ: ホセ・マーティン
ティボルト: ベネット・ガートサイド
ベンヴォリオ: 佐々木陽平
パリス: ヨハネス・ステパネク
キャピュレット公: デヴィッド・ドリュー
キャピュレット夫人: ジェネシア・ロサート

指揮: ボリス・グルジン
演奏: ロイヤル・バレエ・シンフォニア

(ROHでの395回目の公演)


さて、ファンの目はこの人一人に集中していたといっても過言ではない、マックレーの全幕デビューは・・・

・・・ええーと・・・ 残念ながら、私的にはあまり訴えてくるものがなかったです。彼はまだランク的にはソロイストであり(最上級・プリンシパルの二段下)、これが全幕デビューであり、コヴェント・ガーデンでR&Jの初日を踊る重圧は並大抵でない・・・という諸要素を勘案しても、ちょっと物足りなかった。

期待が大きすぎた分ちょっとがっかりだったということかな・・・スティーヴン・マックレーは2004年にロイヤルに入団、2年後にソロイストにスピード昇進し、コール・ドにいた時から次々にドゥミ・ソロイスト的な役がついて、まさにプリンシパルへの道を驀進中のダンサー。

バレエの技術的な面について評価することのできない私が言うのも何ですが、マックレーは非凡な才能に恵まれたダンサーだと思います。現在ロイヤルの男性舞踊手の中で、純粋に卓越した技術と踊りそのものの力で観客を酔わせることのできるダンサーは、プリンシパルを入れてもそう多くはないと思うんだけど、彼はその貴重な一人。

過去数シーズン、マックレーを別の演目(「ナポリ」、「女王へのオマージュ」、「クローマ」等々)で見た時には、"こんなに誰よりも踊れるダンサーがなぜプリンシパルじゃないの?早く上げちゃえ~~”としばしば思ったものだけれど、この夜の彼は、今のポジション相応の、「プリンシパルの代役で主役を踊るソロイスト」に見えた。

勿論、脇で踊って光るのと真ん中を踊るのは違うし、ロメオは彼がこれまでこなしてきた役のどれとも違う。演技力は勿論、舞台に登場するや瞬時に「ああロメオだ・・・」と観客を納得させる"柄"というかスター性が求められる役だと思うのだけど、この点がやや弱かった。

(一言お断りしておきますと、当夜私はバルコニーのスタンディング・端っこという非常に視界の悪い位置から見てました。舞台が1/4から1/3見切れてしまうという状況だったので、これが相当印象を左右していたかとは思います・・・)

一幕の前半はかなり緊張していたのではないかと思う。意外なことに(というのはこれまでのマックレーの印象からすると)、彼のロメオは内気でやや消極的な少年だった。伏目がちのことが多くて表現が控えめなのは、そういう役作りだったのであろうとは思うけれど、私の目にはやや雰囲気にのまれてしまっているように見えた。モンタギューの若者三人が一緒に踊る場面、いつもならこの手のシーンでは大抵一人だけ突出して目がいってしまうのに、その鮮やかな舞が見られず、こじんまりとまとまってしまっている。

で、一旦ジュリエット役のコジョカルが舞台に登場すると、キャリアの差は歴然。きらきらとスター・オーラを身に纏ったコジョカル、この夜は気迫もすごかった。この時点で、「ロメオとジュリエットの世界にひたる」ことは放棄せざるをえず、「マックレーのロメオ・デビューを見守る」モード、全開に。

以前コジョカルのジュリエットを見た時には特に強い印象は残らなかったのだけど、今回は、かなりぐっときました。彼女が何より素晴らしかったのは、その気概。コジョカルのジュリエットは利発そうで、自分の意見をはっきり主張できる女の子。自分の感情にとても正直でもあって、ロメオと出会って恋に落ちると、他のことは目に入らず彼へのほとばしる思いを隠そうともしない。コジョカルの熱っぽさがマックレーのみならず舞台を牽引していたように見えました。二人の間にはまだケミストリーとよべるほど強い反応はみられなかったけれど、とてもいい空気が流れていて、これからこのペアが主演する舞台を見る機会が増えるのだろうな・・・という予感が。

バルコニー・シーンは取敢えず破綻なくすんで、ホッ。このシーンはやっぱり難しいんだなあと見ていてつくづく感じました。マックレーは目立ったミスもなく、リフトも頑張っていたけど、どうしても注意深さが先に立ってしまって、振付の流麗さを見せるには至らず。ここでも、アリーナの気概に打たれました。後輩をぐんぐん引っ張って・焚きつけて、彼の腕の中に飛び込むときの迷いのなさたるや・・・(手加減なんて全くしてなかった)。そして、パートナーを見つめる表情がなんて優しく、愛情にみちたものだったことか。

ニ幕のヴェローナの街の情景、私の目には、マックレーはここが一番良かった。身体が暖まってきて少し固さがとれたか?動きがなめらかになって、演技面でもボーイッシュな表情が生きていた。この夜は場面転換やソロイストのちょっとした見せ場のあと客席から自然に拍手が沸くということがあまり起きなかったんだけど、ジュリエットの乳母から手紙を受け取ったロメオが有頂天になって、つむじ風のように回転して最後舞台袖に消えていくところでは拍手が出ていました。(チャンバラのシーンも印象的だった。運動神経バツグン!)

三幕のクライマックス・シーンでは、やはりコジョカルの演技が印象的だった。石のように冷たくなって横たわるロメオに触れて慟哭するシーンでは、ジュリエットの叫び声がはっきり聞こえてきそうなほど、真に迫った表現。最後に棺台の上で事切れる直前、片方の腕を天にむけて高々と上げしばし空中をさまよわせてからゆっくり降ろすという動作をしていたんだけど、あれはどういう意味だったんだろう?(まるで自分が死んでいく瞬間をしっかりと見届けてほしい・・・と観客に訴えているかのように見えたけれど。)

カーテン・コールでは主役ペアに盛大な拍手とブラヴォーが惜しみなく注がれ、アリーナはファンの方から贈られたとおぼしき豪華な花束の中から薄紫色のバラ(?)を一輪抜き取ってスティーヴンに進呈していました。スティーヴンはうっすらと微笑みを浮かべていたけれど、ほとんど放心状態だったんじゃないかな。

舞台全体としては・・・アリーナ以外プリンシパルは皆無という布陣でムリもないけど、たとえば数年前の上演時と比べて全体にスケールが小さいという印象(もっと言うと”格下感”)は否めず、ロイヤルのロメ・ジュリがこの程度のレベルでいいのか・・・とかなり不満が。まぁロイヤルは初日はあまり良くないことが多いし、平行してバヤデールもかかっていてキャストが分散してるという事情もあるんですけど。都さん登板の回に期待したいと思います。(でも、キャスト・チェンジで都さんのパートナーを務めることになったウリストフもソロイスト(訂正:現在ファースト・ソロイスト)なんですよね・・・大丈夫かな?? 【10/22追記】ヴァレリー・ウリストフは今期よりファースト・ソロイストでした。

P.S. この公演について、私のような見方は超マイノリティですので、スティーヴン・ファンの皆様はご安心を。新聞評は軒並み大絶賛調、ballet.coでも常連ポスターはこぞって好意的でした。オンラインで読める新聞評で写真つきのものは今の所これだけみたいです・・・(The Times):

http://entertainment.timesonline.co.uk/tol/arts_and_entertainment/stage/dance/article2679379.ece
2007-10-21 08:07 | ロイヤル・バレエ | Comment(14)
スカラ座の「ル・パルク」開幕
スカラ座バレエ団初演の「ル・パルク」、昨夜オレリー・デュポンとマッシモ・ムッル主演で無事開幕した模様です。

有難いことに、米バレエ・フォーラム BalletTalkに公演をご覧になった方がレポしてくださってます。この方はあまり期待せず劇場に足を運んだのだが予想外に良かった、とかなり感激なさった様子。特にオレリーにKOされちゃったみたいです。英語ですので、ご興味ある方は是非覗いてみてください。(フォーラムの"Recent Performances"のコーナーにあります。伊語バレエ・サイトのballetto.netのフォーラムにもスレッドが立っていますが、イタリア語は全くわからないので早々にギヴ・アップしました・・・)

先週だったか?オレリーがバスティーユのR&Jから降板した日があって、ちょうどその頃ルグリ・サイトでパキータの相手役がオレリーからドロテに変わっていて、"怪我?"とちょっと心配してたのですが。その後R&Jには復帰したみたいだし、ル・パルクにも無事登場してくれて、ああよかった・・・一安心。なにしろ12月は彼女のパキータを見たいので、ハード・スケジュールだけど何とか持ちこたえていただけますように。

スカラのサイトに「ル・パルク」の詳細キャストが出ていて、最終日一回だけ、アレッシオのお姉さんのベアトリス・カルボネさんが主演するのを発見。アレッシオは今シーズンはサバティカル(・・・でいいのか?)をとってパリオペを離れてますが、今頃一体どこで何をしてるのかしら・・・と思い出してしまいました。来シーズン、絶対に戻ってきてね!

☆スカラ座サイトでリハーサル風景を垣間見られます。下の方にベアトリス・カルボネとマッシ・ムッルの2ショット写真があります:

http://www.teatroallascala.org/public/LaScala/EN/stagioni/stagione1/opera-e-balletto/18_LeParc/fotografie/index.html
2007-10-20 05:44 | 情報系(ニュース、公演) | Comment(0)
「嵐が丘」 番外篇~ジャン=ギョーム・バール礼賛
☆☆☆

ジャン=ギョーム・バールというダンサーの魅力・・・時々こんなことを思うことがある。私自身はまだ巡り会っていないけれど、最良のモーツァルト・テナーがこの世に存在したとして、きっとその人とジャン=ギーの資質は似通っているのではないか。明朗で濁りのない、どこまでも澄み切った声。モーツァルトのオペラに登場するテナーのアリアには、純粋さと寛容・単純明快さという、男性性だけが持つ美質が与えられているように常々感じているのだけど、これは、まさにジャン=ギーのダンス。純度の極めて高い、真のダンスール・ノーブル。全く、希少な存在だった・・・。

☆☆☆

さて、「番外篇」は当夜のカーテン・コール・レポです。

  ・・・あっと その前に、この夜のガルニエ、特にいつもと変わったところはありませんでした。この時点で(今もだけど・・・)ジャン=ギーの去就については公式情報は何も出ていなくて、勿論引退公演につきものの記念ポスター配布もなし・・・。

本当に、いつもと何ら変わらない夜でした。ただ、カーテン・コールではやや異変があって・・・

最初のカーテン・コールでメインのダンサーたちが代わる代わる登場して喝采を受けるシーン、ジャン=ギーにはとりわけ盛大な拍手とブラヴォーがおくられていました。そして、ガルニエで通常の公演の時にはまず見かけない、ブーケ投げ。オケピットの両サイドの上に位置するボックス席に陣取ったバレエ・ファンたちが全部で6つぐらい(?)ブーケを投げ込んでました。

彼の引退のニュースを聞いて駆けつけたバレエ・ファンは少なくなかったようで、何度か続くカーテン・コールでジャン=ギーへの拍手喝采が誰よりも多くて、何も知らない一般の観客はさぞ面食らったことでしょう。(何故主演ダンサーよりこの人に熱狂してるのか?って。実際、私は途中からずーっとブラヴォーを叫び続けてましたが、両隣はすっかりひいてました。)

カーテン・コールではいつもクールな表情を崩さないジャン=ギー、この夜もいつもと変わらず涼しい顔してたけど、何度目か緞帳が上がったとき、少し泣いていたそうです。(私は彼の涙を見逃した!オケの5列目で見てたんだけど、カーテンコールの時オペグラを使うのはちょっと失礼な気がして、肉眼で見てたんですよ・・・)

途中何度か、真ん中で手をつないで立っていたニコラとレティシアが位置をかわってジャン=ギーを真ん中にして前に出てました。一人だけ前に押し出されてレヴェランスしてくださったのも何回かあって、これを見ていたら、”あぁやっぱり最後なのかな”と涙が・・・。舞台に投げ込まれたブーケは誰も拾わず、かなり立ってからやっとジャン=ギーが自分の目の前にあった分だけ取って、他のはどうなるんだろうと気を揉んでいたら、残りのブーケをニコラがかき集めてジャン=ギーに手渡してくれました。(いい人ねえ ニコラ・・・)

最後の最後に緞帳が下りた後、幕の向こうからすごい歓声と拍手が湧き上がるのがきこえました。嵐が丘はこの日が楽日だったから、そのせいかな でも多分ジャン=ギーへの同僚達からのはなむけだったんじゃないか・・・と想像したらどっとさみしさがこみ上げてきて、悲しくて・・・喪失感に押し潰されそうになりながら、ガルニエを後にしました。

あんなに美しい舞姿を見せてくれたのに、引退なんて・・・いまでも信じられないのですが、ここ数年足の怪我を引き摺りながら無理して、それでもあんなに完璧な舞台をみせてくれたのだから、これ以上引き止めたら酷ですね。回数こそ多くはなかったけれど、私が見ることのできたジャン=ギーの舞台は本当にどれも完璧で、クラシック・バレエを見る真の喜びを与えてくれた・・・そのことに感謝の気持ちで一杯です。バレエ人としての第二の人生が、実り多く充実したものとなりますように、お祈りしています。(ありがとう ジャン=ギー・・・)
2007-10-16 08:01 | パリ・オペラ座バレエ | Comment(4)
パリ・オペラ座バレエ 「嵐が丘」 (10/6) Part 2
続きです。

☆登場人物

原作で主要人物の一人、ナレーター役のロックウッドは出てこない。キャサリンとヒンドリーの父・アーンショー氏も、ヒンドリーの妻と息子も割愛。

群舞が登場するのはバレエ・カンパニーだから当然の処理だろうけど、原作には(ブロンテ一家が地元庶民とは殆ど交流がなかったことを反映してか)、群舞にあたる不特定多数の人々(グループ)は出てこない。この"集団"の存在が原作の濃密な人間関係とそこからくる緊張感を若干薄れてさせているように見えた。(群舞が緩衝材的な存在になっている。)

ほか、やや違和感をおぼえたのは(面白くもあったけど)、ベラルビ自身の解釈なのか?主要人物のキャラクター・造形が原作とはちょっと変わっていたように見えたこと。(あくまで私個人のもつ偏見に照らして、ですが。)顕著だったのは・・・

●キャサリン: 大人になることを受け入れられず、「野蛮で自由だった」子供の頃に戻りたいと悲観しながら死んでいくキャサリン。彼女は全く子供以外の何者でもないけど、その彼女の子供らしさを、”幼稚さ”と”エキセントリシティ”で表現していたのは、うーん・・・どうなんだろう。特に顕著だったのは、リントン家での”ブルジョワ”のパーティーに闖入者として現れるシーン。ドレス・アップしたお客がずらりと並ぶ中、質素なコットンのドレスを着たキャシーが登場して、奇声をあげながら”いない・いない・ばぁ”の真似事・・・。この彼女の奇態にエドガー・リントンが興味を示す、という演出になっていたけど、ここは、かなり違和感があった。キャシーは別にエキセントリックなわけではなくて、”子供っぽい”計算高さと見栄は人並以上に持っていたんだから、こういうことはしないと思うんだけど・・・。エドガーと結婚してからはすっかりレディになっておとなしくなってしまったのも、うーむ。(以上は演出に対する疑問で、キャシー役のレティシアには全く不満はありませんでした。彼女の表現とダンスには、<ニコラとともに>舞台を引っ張っていく力が十分あった。)

●ヒースクリフ: 出自不明だが多分ジプシーの血を引いている、アーンショー家の養子。アーンショー氏の死後嫡子のヒンドリーに虐待され使用人の立場におとしめられる。結果キャシーとの仲を裂かれたことを恨んで復讐の鬼と化す。

・・・という原作の人物像(大雑把すぎですが・・・)はかなり薄められていた。風貌も性格も)ダークで激情にかられやすい・"悪魔的”人物と言う造形はしていなくて、ごく普通の青年風。ヒンドリー、エドガーとの関係も原作ほどねじ曲がってなくて(ヒンドリーとは立場が逆転してるように見えた!)、そのせいで、後半「ヒースクリフの復讐心が生んだ悲劇」というストーリー展開に説得力がなかった。

典型的バイロニック・ヒーローと目されるヒースクリフと天才肌のダンサー・ニコラ、私の中では全然オーバーラップしてくれないので(それを言うならジロのキャサリンもだが・・・)、見る前はかなり懐疑的だった。でも実際舞台を見てみたら、ヒースクリフを主役に据えているこのバレエ作品で(踊る場面も一番多い)、彼以外のダンサーは想像できない・・・と納得させられる結果に。(踊りも存在感も、実にパワフルだった・・・)

●ヒンドリー: 最初から一人疎外されていて、ヒースクリフに苛められたりしてる。あれ?立場逆じゃないの?と、混乱することしばしば。ともかく最初からひどく落ちぶれていて、ヤク中か何かみたいに見えるんだけど、ちょっと違うんでは・・・彼が暴君でないと、話の整合性が微妙にずれてくるはずなんだけどなぁ・・・。

●ジョゼフ: 原作ではヨークシャー訛りのひどい、独善的で意固地で食えないジイさんなんだけど・・・。ジャン=マリさん、立派すぎて全然ジョゼフには見えない。托鉢僧のようなルックスで、舞台をしずしずと(?)ひそやかに行き来して、カリスマがありすぎるから裏で糸を引いている重要人物みたいに見えてしまう。 (使用人には、どうあっても見えない!)

●エドガー: これがですねえー まったく、思いがけない、嬉しい誤算でした(ウフフ・・・)。なんと、このバレエ版・嵐が丘のエドガー・リントンは脇役も脇役で損なだけの人物ではないのです!相当好意的な人物に描かれていて(そう見えた)、踊るシーンも思ったより多くて、かなり美味しい役なのです。

エドガーっていったら、原作ではそこそこ見栄えはするけど虚弱っぽくて、キャシーに”冷たい人間”と呼ばれる人物に描かれてるでしょ。キャシーだって最初は物珍しさと子供っぽい好奇心でネツをあげるけど、彼と結婚したのは真の愛情からではなくて打算があったわけで・・・。最後は唾棄すべき恋敵(一般的な意味とはちょっと違うけど・・・)に妻と妹を奪われる、損な役回り。

それで、見る前は、”なんでジャン=ギーがエドガーなのよ!これってエトワールの踊る役なのっ”と結構腹立ててたんだけど、これなら許す(笑)。まぁ~それにしても、何故にエドガーという人物をここまで好意的に描いてるんでしょ ベラルビに真意を聞いてみたい。(っていうか、ジャン=ギーが演じたからこんなに魅力的な人物になっちゃったのかも・・・!考えてみれば、エドガー・リントンという人は結婚する相手を間違っただけで、ごくごく平凡なイングリッシュ・ジェントルマン。別に何も悪いことはしていない、どころか、報われない相手(妻!)に献身的に尽くした、いい人なのよね・・・)

エドガー役の主な見せ場は二箇所あって、一つはキャサリンへの求愛を表現するソロの踊り。衣装は深い緑色のベルベットのロング・ジャケットと揃いのズボンに立ち襟の白いブラウス。振付はコート・ダンス風。細長いシルエットが優雅に舞う姿にうっとり・・・この作品の中で、見ていて単純にその美しさにうっとりさせられるダンス・シーンはここだけだった。(ジャン=ギー、あまりにこのいでたちがお似合いなので、「俳優に転向して、イギリスのコスチューム・ドラマに出て!」と心の中で再三勧誘してしまった私・・・)

もう一つは、エドガーの死の場面。キャシーの死後、虚脱状態で憂愁にとらわれているエドガー。朱色のシルク風素材のスモーキング・ジャケットを羽織ったエドガーが(これまた凄くサマになってて素敵・・・)、舞台にいくつか置かれたソファの間をすり抜けながら、ソファの上に投げ出されたジャケットやベストを一枚ずつ拾って身に纏う。何かに憑かれたように同じ動作を繰り返し、最後に力尽きる。何枚も服を重ね着するこの演出、エドガーの心の寒さを表しているようで、なかなか面白かった。

ジャン=ギー演じるエドガーは、大人の男性の包容力と優しさに溢れていた・・・加えて見目麗しく、ひとたび踊り始めると、その動きは誰よりも洗練されてる。”ええーっこんなエドガーってありなのお?(カッコよすぎる・・・)”と混乱しつつも、心中嬉しさで舞い上がってしまった私(カデルさん ありがとう~)。これじゃ話が違う方向に流れなきゃおかしいと思ってしまったほど。実際、キャシーがエドガーにペットが飼い主になつくように身を預けるシーンがあったり、この二人が一緒にいるシーンではエドガーが完全に主導権握ってるように見えることが度々だったので、原作とは二人の関係がかなり違って見えた。(キャシーに対するエドガーの視線には常に慈しみの念というか慈愛がこめられているように見えて、ジャン=ギー、アルマン・パパもこうだったよね・・・と舞台を見ながら再三思い出していた。)

エドガーの妹・イザベラは特に違和感なかった・・・原作同様影の薄い脇役として登場するのだけど、原作にあった、屈折した人間関係からくる登場人物の心理的葛藤を最も強く感じさせたダンス・シーンは、イザベラとヒースクリフのpddだった。

復讐のためだけにイザベラと結婚し、彼女に軽蔑の念しか持っていないヒースクリフと、彼に追いすがるイザベラ。両足の先を(鎖のかわりに)紐でつながれたイザベラをヒースクリフが引き摺り回し・叩きつけるような、暴力的な激しい動き。ニコラの冷たい表情(というか、彼女のことなど眼中にないというような表情)がすごく効果的で、二人のねじれた関係をよく見せていたと思うけど、私的にはあまり好きになれず・・・。暴力や憎悪を表現した振付が作品中ダンス・シーンとして最も見所があるという事実に、複雑な気分にならざるをえず。

パリオペのコンテンポラリーものを見るとよく感じることで今回もそうだったんだけど、作品自体にさほどの力がなくても、ダンサー達の個性と力量で何とか見せることができてしまうのよね。それどころか、ダンサー達があまりに優れていて魅力的なので、作品が本来持っている以上のものを引き出してくれて、制作者側にとっては夢のような創作環境でしょうね。私的には、ちょっとこのパターンが多すぎるのではないか・・・と、憂えてしまうのですが。

<「番外編」に続く>
2007-10-15 05:21 | パリ・オペラ座バレエ | Comment(4)
パリ・オペラ座バレエ 「嵐が丘」 (10/6) Part 1
振付・演出: カデル・ベラルビ
翻案: カデル・ベラルビ、アガタ・ベルマン
音楽: フィリップ・エルサン
舞台美術・照明: ペーター・パプスト
衣装: エルザ・パヴァネル
初演: 2002年2月 パリ・オペラ座バレエ団
(25回目の上演)

指揮: コーエン・ケッセルズ
演奏: パリ・オペラ座管

<キャスト>

キャサリン: レティシア・ピュジョル
ヒースクリフ: ニコラ・ル・リッシュ
エドガー: ジャン=ギョーム・バール
イザベル: ノルウェン・ダニエル
ヒンドリー: ステファン・ビュイヨン
ジョゼフ: ジャン=マリー・ディディエール
ネリー: オーレリア・ベレ
キャシー: ミュリエル・ズスペルギー
リントン: ジル・イゾアール


はじめに、この夜の舞台、私の目はただひたすらエドガー役のジャン=ギョーム・バールを見るためにあったことをお断りしておきます。早くジャン=ギー・レポ(!)に辿り着かねばならないので、公演レビューは思いつくまま雑感を・・・

☆概観

ニ幕六場から成る110分の作品。プロットは概ね原作に忠実だが登場人物を絞り込み(一部割愛してる。相関関係は同じ)、長編の原作を適宜刈り込んで・主要シーンを切り取って見せていくという趣向。

演出: 演劇的アプローチではない。ドラマ性に重きを置くというよりは、もう少し抽象的に、原作から各場面の"イメージ"を投影させている印象。登場人物は「演劇バレエ」風の演技はしない。(マイムも使われない。)それで時折無機質に見えることがあったけど、リアリズムに拠らないこのアプローチは、私的には好み。(ちなみに振付家がこの作品をバレエ化するにあたって最初のインスピレーションとなったのは、バルテュスのデッサン画<本の挿絵に使われていたものか?>だったらしい。この絵がプログラムに掲載されてるのだけど、バルテュス特有の、生気のない人形のような人物像と緊張した画面で、異彩(毒)を放っている。人物の表現が時折人形っぽく見える場面があったのは、これの影響か?バレエにはこの絵に若干漂うグロさはなかったけど・・・)

初見ということでそれなりに興味深く見られたし恐れていたほど"拒否反応”は出なかったけれど、作品としてどれだけ魅力があるかというと・・・微妙。正直ベラルビの振付・ダンスに特別際立った個性や面白さは感じられなかったし、作品解釈にも特にシンパシーを感じられず。(いや、実はベラルビがこの文学作品をどう解釈して・何をわざわざダンスにして見せたかったのか、イマイチぴんとこなかったんですが。少なくとも、「キャシーとヒースクリフの物語」として見ると、迫ってくるものが弱かった。せいぜい、"ふとしたボタンの掛け間違いで一緒になれなかった不運な恋人たちの物語" ってところだろうか・・・要するに、全然弱い。)

☆振付

基本はモダン・ダンスの動き。ニ幕のプルミエ・タブローでヒースクリフが死んだキャシーの幻影を見て二人が踊るシーンのみ女性はポワント・シューズ着用でクラシックのパ。このシーンはまるでジゼルのようだった。振付はあまり印象に残ってないけど...。(ちなみに、これまた後でプログラムを見て知ったのだけど、ベラルビの狙いの一つに、原作とロマンティック・バレエの間に接点を見出し・作品に反映させようというのがあったらしい。)運動量が一番多いヒースクリフの振付には、回転や跳躍などバレエの動きがかなり含まれている。

☆音楽

(なんと贅沢な)オリジナル・スコア。全編ダークで不穏な音で包んでいて、やや単調に聴こえたけど、作品の"気分"は結構出ていたと思う。農民が登場するシーンではスコットランド(?)のフォーク音楽風の音を使ったり、結構面白かった。ムーアに吹きすさぶ風の音は効果音で出していたけど、ややしょぼかった・・・。

☆舞台美術

これは結構凝ってました。舞台に数枚メッシュの?透けるスクリーンを重ねて靄がかかったような効果を出していたり、強風が吹きつける嵐が丘のムードを、やはりスクリーンと布?で醸し出したりしていた。総じて、ヴィジュアル・エフェクトはなかなかのもの。

アーンショー家を舞台とするシーンでは、「嵐が丘」を象徴するような、強風で横なぐりにされた大木が常に舞台奥に立っている(トップ・ウィズンズの廃墟の横にある木、あれをイメージしてるのか?)。アクションは常に屋外で起きる。リントン家が舞台の時はアクションは常に家の中(たいてい居間)で起きていて、小道具はソファと窓。

(冒頭、子供時代のキャシーとヒースクリフが遊ぶシーンでは、重しをつけたカラフルな色の造花が上からボコボコ落ちてきて、舞台が一面お花畑になる。面白いしインパクトはあるんだけど・・・ヒースじゃないところがどうしても許せなくて・笑。)

詳しい方に伺ったところでは、美術担当の方はピナ・バウシュの舞台を手がけられたことがあるらしい。基本はミニマリスティックな舞台に象徴的な小道具だけを置く、こういう手法はオペラでよく見るような・・・。(原作からイメージする)ゴシック・ロマン風の重さとミステリアスな雰囲気は感じられなかったけど、この演出にはマッチしていた。

(ああー また長くなってしまった。一旦切ります)

<続く>
2007-10-13 08:41 | パリ・オペラ座バレエ | Comment(0)
ロイヤル・バレエ 「ジュエルズ」 マスター・クラス
今夜オペラハウス内のリンベリー・シアターで開催された、ロイヤル・バレエのマスター・クラスを見てきました。

これ、実はトラスト・メンバー・オンリーのイベントだったんですが、なんとか潜入に成功。(客層がさすがにいつもとはちょっと違った雰囲気で面白かった。ロイヤルの常連は一人も見かけなかったなあ・・・)短かったけど、なかなか楽しめました。

出演者は以下の皆さんでした:

生徒: ロベルタ・マルケス、エドワード・ワトソン
教師: エリゼ・ボーン (バランシン財団 リハーサル教師)
ピアノ: ヘンリー・ロシュ (ロイヤル・バレエ/Head of Music Staff)

マルケスとワトソンがレッスンしていたのは「エメラルド」から、一組目のペアが踊る最初のpdd。二人とも振付はまだ習い中というかんじで、ところどころダメだしされながら真剣な表情でパをこなしていました。

このpddの振付、過去に難しそうに見えたという記憶はないんだけど、何気ない動きでつっかかっていました。すーっと流れるように踊られると気づかないけど、時折急に方向を変えたり、二人の身体が違う方を向いてるような動きがあって、これが難しそうだった。

ナチュラル・メークのマルケスがステージで見るよりもチャーミングで、とっても魅力的だった。彼女のエメラルドは、なかなかよいかもしれないわ~(思わぬ伏兵だわ・・・)。ワトソンは・・・いつもの彼でした。(←それだけ??)

そして、注目のバランシン財団の先生は・・・初めてお名前を聞いた、元NYCBのソリスト・エリゼ・ボーンさん。この方ちょっとモニクに似ていて、スレンダーなカッコイイ美女。見た目だけだとまだまだ現役でいけるんじゃないかと思わせる雰囲気。ちらっとお手本を見せてくださると、すっと上げた腕の表情とか形がすごく決まっていて、この人が踊るのを見たい~と思ってしまった。ちょっと残念だったのは、まだ振付をマスターしていない段階だったので、彼女の指導がそちらにかかりきりで、表現上のアドヴァイスを聞けなかったこと。この作品にまつわるNYCBでの逸話なんかもお聞きしたかったんだけど、そこまで行きませんでした。

正味45分のマスタークラスがあっという間に終わると、フォワイエでワインとカナッペが振舞われ、同行の友人とすっかりいい気分でお喋り。そこに出演者の皆さんも登場して、私はボーンさんに話かけたかったんだけど、年季の入ったトラスト・メンバー風のオジ様・オバ様方に囲まれていてちょっと割り込めない雰囲気だったので、諦めました。比較的少人数でリラックスしたムードで楽しめて、いいイベントでした。また機会があるといいな・・・。
2007-10-12 08:48 | ロイヤル・バレエ | Comment(3)
エルヴェのロメオ!!
とり急ぎ上げておきます。只今バスティーユで上演中の「ロメオとジュリエット」、パリオペ・サイトでビデオが見られます!エルヴェのソロとクライマックスのpdd部分(?)の抜粋のようです。エルヴェが、エルヴェが、美しすぎます~~~~!

http://www.operadeparis.fr/Accueil/Actualite.asp?id=320

まだ上演中の作品なのに、なんて太っ腹なサービスでしょう 有難いことですねー。朝から美しい映像を見て、今日も一日仕事頑張るぞ~ってな気分になっていただけたら幸いですわ~。(え 仕事が手につかなくなったって?失礼しました~~)
2007-10-10 05:37 | パリ・オペラ座バレエ | Comment(2)
パリ・オペ「嵐が丘」レビューの前に・・・極私的・嵐が丘論
まさか、この目で実の舞台を見るとは思ってなかった「嵐が丘」。確かパリでは今回で三度目の再演だけど、この作品はずっと避けて通ってきたのに・・・思いもよらぬジャン=ギー引退のニュースに、いよいよ対峙せざるを得ない状況となってしまった。

なぜそこまで逃げ腰だったかというと、原作に思い入れがありすぎるため、過去に映画・ドラマ化された「嵐が丘」にことごとく落胆させられていたし、もうこれは何で見ても同じだろう・避けたが無難、と学習してしまっていたので。(唯一の例外はケイト・ブッシュによるポップ・ミュージック版・Wuthering Heights。ティーンエイジャーで初めてこの本に出会ったちょうど同じ時期にこの曲が大ヒットしていて、音楽との相乗効果でより作品にのめりこんでしまったという経緯がある・・・)

「嵐が丘」のヴィジュアル化が何故難しいかというと、私的には答えは簡単で、文学史上この作品を極めてユニークな存在たらしめている、作品の最も根源的なファクター・メタフィジカルな部分を、映画やドラマという形式で表現することにそもそも限界があるから。この点、抽象芸術である音楽を媒体に使えたケイト・ブッシュには最初からアドヴァンテージがあったといえる。キャシーの一人称で歌われ(語られ)る彼女の「嵐が丘」には、エゴイスティックで残酷な子供のまま死んでいったキャサリン・アーンショーの、無心にヒースクリフを求めるパッションのみが横溢していて、そこには確かに小説の芯の部分と同調する何かがあったのだ。(ところで、全くの余談だが、ブッシュの「嵐が丘」がリリースされた年を確認するためにWikipediaを見て初めて気づいた。エミリー・ブロンテとケイト・ブッシュって誕生日が同じなのね!二人とも7月30日生まれ。)

十代の私を金縛りにさせた(この本を読んだあとかなり長いこと、私はキャシーに取り憑かれていた!)この小説のメタフィジカルな部分を最も端的に描写しているのは、言うまでもなく、キャシーがエドガー・リントンに結婚を申し込まれた直後、家政婦ネリーに「信仰告白」する場面。

キャシーはネリーに先日見た夢の話をする。夢の中で自分が天国にいて、それが嫌で嫌で堪らなくて地上に戻りたいと泣いていると天使達が怒って彼女を下に突き落とす。気がつくと恋しいムーアのただ中に戻ってきていて、嬉し泣きしている。(この部分がキリスト教徒らしからぬ異端的発言とみなされて、小説の発表当時批判の対象になった。)世の中の価値観や道徳観から自由な、キャシーのアナーキーな本質が露にされるシーンである。

続いてキャシーは、ヒースクリフに対する自らの思いを吐露する。エドガーに対する自分の"恋心"はとるに足らないもので、時とともにうつろっていく類のもの。それに引き換え、ヒースクリフへの思いは不変の岩のように終生かわることがない。なぜなら、「私は彼」なのだから("I am Heathcliff.")。

このキャシーの一言が読者を打ちのめし、突如「嵐が丘」は小説という枠を超えて別次元にワープしてしまう。「自分自身以上に"自分"」である他者の存在を激烈に希求し、その情熱(執着)で身を滅ぼしたキャシーと、そのキャシーに滅ぼされたヒースクリフ。世に自らの分身(俗な言い方をするとソウル・メイト)の存在を熱烈に求める心性を描いた文学作品は少なくなかろうが、自己と他者の「完全な」同一化を作品の核に置いたもの・・・なかなか他には見当たらない。これがエミリー・ブロンテの異質性であり特異性であり、嵐が丘という作品の本質部分である(と思う)。その他の部分(ナラティヴ)は、殆ど飾りだ。

ただ、表面的には、「個性的な登場人物に彩られた・二つの家族の三代にわたるどろどろした愛憎劇」と読めないこともないので、映画やドラマ化に際してこっちの解釈が優勢になると、とんでもなく陳腐なメロドラマに堕す危険性がおおいにある。

で、いよいよ本題ですが・・・パリオペ・エトワールのカデル・ベラルビが振付けた、バレエ版「嵐が丘」。もちろん個人的感心は、振付家が上記の「本質部分」をどう見せてくれるか、の一点に集中している。興味深いことに、ベラルビは以前ゴッホ兄弟(フィンセントとテオ)の往復書簡にインスパイアされた振付作品を創っている。「嵐が丘」とテーマに相似性が感じられないこともなく(ゴッホ兄弟は実在した稀有の"ソウル・メイト"同志)、言葉のないダンスという媒体を使ってどんな表現をみせてくれることか、かなりの不安と一抹の期待をもって観劇に臨んだ。

<続く>
2007-10-09 05:53 | パリ・オペラ座バレエ | Comment(4)
パリ・オペの新作「ロメオとジュリエット」の映像
金曜にプレミエのあったオペラとのコラボ作品・「ロメオとジュリエット」。TF1で舞台映像が紹介されています。砂利に埋まるオレリーにエルヴェが口づけするシーンが見られますよ~。

http://videos.tf1.fr/video/news/culture/0,,3562850,00-romeo-juliette-opera-bastille-.html

私はさっきパリから帰ってきたんだけど、今回はただただジャン=ギーを見るために行ったので、この作品のことは頭からすっぽり抜け落ちていて見事に見逃してしまいました・・・。ご覧になった方が、とっても面白かった・強力推薦!と仰っていたので、またの機会を待つことにします・・・。
2007-10-08 01:46 | パリ・オペラ座バレエ | Comment(0)
ファン・ディエゴ・フローレスのリサイタル (10/4)
今夜、カドガン・ホールでフローレスのコンサートを聴いてきました。曲目は以下の通り・・・ですが、これはホールの公式サイト上の情報。本当にこの通りだったかどうかはちょっと心もとありませんので、ご了承のほどを。

<一部>

Gioacchino Rossini Sinfonia from ‘Cenerentola’
Gioacchino Rossini Deh troncate from ‘Elisabetta, Regina d’Inghilterra’
Gioacchino Rossini Oh muto asil del pianto from ‘Guglielmo Tell’
Gioacchino Rossini Sinfonia from ‘Barbiere di Siviglia’
Gioacchino Rossini Cessa di più resistere from ‘Barbiere di Siviglia’

<二部>

Vincenzo Bellini All’udir del padre afflitto from ‘Bianca e Fernando’
Vincenzo Bellini Sinfonia from ‘Norma’
Giuseppe Verdi Questa o quella from ‘Rigoletto’
Giuseppe Verdi Parmi veder le lagrime from ‘Rigoletto’
Gaetano Donizetti Sinfonia from ‘La Favorita’
Gaetano Donizetti Linda si ritirò from ‘Linda di Chamounix’

私はプログラムを買わなかったのですが、コンサートの後半にファン・ディエゴが、「とても綺麗なプログラムを作ってくれてありがたいけど、一部間違いがあります。僕はこれからはもう○○とか☆☆とか□□は歌いません・・・」と言っていました。(←つまりこのうちのいずれかに該当する曲名がプリントされていたのだと推測しますが、曲名を聞き取れなかったのでどれが間違っていたのか不明。)

今宵の彼、調子はとても良さそうでした。かなり緊張した面持ちで始まった一曲目、最初の山場(?)の直前にアホな客のモーバイルが鳴ったのにも動じず堂々と歌い上げていたし、のっけから異常に反応のいいお客の期待にどんどん乗っていって、一部の最後に歌った「セヴィリアの理髪師」の超絶技巧のアリア(コロラトゥーラ連発)も見事に決まって、客席は大いに盛り上がった。

私的には二部のベッリーニとドニゼッティがやはり彼には最も似合うなぁ・・・と感じて好きでした。特に、最後に歌った「シャモニーのリンダ」からのアリアは素晴らしかった。素直で明朗で清潔さと透明感のあるファン・ディエゴの声質と歌唱には、切々とロマンティックに歌い上げるアダージョのアリア(そんな言葉はない?でも、わかって頂けますよね!)が何よりも似合います。(ROの「連隊の娘」の時にも、私は超絶技巧のアリアによりも、マリーを想う心を切々と歌ったアリアにこそこの人の真価があるのでは・・・と感じたし。)

アンコールは4曲。「愛の妙薬」からLe bonheur d'etre aime...、「リゴレット」からLa donna e mobile...、「グラナダ」、そして最後に、これは譜面の用意のない特別サービスで「セヴィリヤの理髪師」の超絶技巧アリアの後半部分。「グラナダ」でオケのパートの時に腕時計を見る仕草をしたり(”そろそろ切り上げないと~”)、いざ自分の番になると、え?僕が歌うの?ってとぼけてみせたりして、ご本人もかなり楽しんでらしたのではないかしら。

満員御礼の客席の盛り上がりは凄かったです。ロンドンのお客ってこんなにすぐにわらわら立ってスタオベしたり足踏み鳴らしたりしたっけ?と驚くぐらい、かなり熱いお客さんでした。ファン・ディエゴはこの国では本当に愛されてますね・・・

音楽以外で今夜密かに嬉々としてしまったことがあって・・・席がストール・左サイドの前から3番目だったんですが(勿論オケピットはなし)、ファン・ディエゴが舞台と袖を行き来するドアと通路のほとんど延長線上に座っていたんです。(ドアはステージ脇に客席を向いて位置している)彼がドアから出てきてまっすぐ歩いてくる度に、"あ、また目が合った!"と心中きゃーきゃー喜んでました。前に座っていた友達に歌と歌の合間に、「ね、またこっち見てたでしょ 目合わなかった?」とうるさく聞いて、クールな彼女に、「気のせいでしょ!まったくお目出度いわねえ・・・」と呆れられました。でも、絶対何回か目が合ったと思うんだけどなあ・・・なんたって彼の視線の先に座ってたんだから・・・(と、私と同じ列に座っていた人全員が思ったことでしょう!)。ステージに登場してくる時は颯爽として晴れやかな表情だったけれど、引っ込んでいく時に峻厳としたとても厳しい顔つきをしていることがあって、それが印象的でした。
2007-10-05 07:00 | オペラ | Comment(15)
<パリオペ関連> ジャン=ギー続・続報ほか
またまた、ジャン=ギーの話題から。

バレエ狂のキャシーさんが運営するフォーラム・Danser-en-Franceでキャシーさんご自身が気になるコメントを書き込んでらっしゃいました。ジャン=ギーは、「定年退職するシリル・アタナソフ氏の後をおそって教授職に就く」というもの。

勿論真偽のほどは定かではありませんが、なんとなく頷けないこともない。ジャン=ギーは以前からインタビューで振付と並んでバレエ教師の仕事に一方ならぬ熱意を持っていらっしゃるところを度々披瀝していましたので・・・。

(ところで、アタナソフさんって、もう定年のお年?と思って手元にある本を広げてみると・・・1941年生まれなんですね。今年で66歳ということは、確かにそろそろリタイヤしてもいいお年ですね。)

それからこれは他の方による書き込みで、フランスの雑誌・Danserの最新号にロモリのインタビューが掲載されていて、「今年7月15日がオペラ座での最後の日」と語っていらっしゃるとか。

ベラルビも今季で引退だし、ルグリは多少引き伸ばしてくれるとしても、一シーズンに三人の男性エトワールが去ってしまうなんて・・・さみしい限りです。(ジャン=ギーのアデュー公演はないのかしら・・・42歳まで勤め上げないと、資格(?)が発生しないのかなぁ。彼単独のちゃんとしたさよなら公演を、是非開催していただきたいです・・・。)

さて、こちらは別の話題。過日本年度のオペラ座・カルポー賞が発表されて、今や日本でも大人気のマチアス・エイマンが受賞しましたが、ダンソマニの関連スレッドに過去の受賞者一覧が載っていました。カルポー賞は確か有望な新人に授与される賞ですが、2003年の受賞者のところでふと目が止まってしまった・・・

この年は、オーロール・コルドゥリエとフロリアン・マニュネが栄冠に輝いています。

・・・オーロール!今どうしているんでしょうか。彼女は怪我が長引いてずっと舞台から遠ざかっていて、確か2年前の「ジョワイヨ」のダイヤモンド以来踊っていません。(ジョワイヨのDVDで彼女の姿を見ることができます。背が高くてカーヴィーな体型で、くりっとした黒い瞳の、とってもグラマラスなダンサーです。)

今年のオーストラリア・ツアーに参加するとかしないとか、一時仏語フォーラムで話題になったこともありましたが、結局昨シーズン中のカムバックは果たせなかったようで・・・。彼女はパリオペ若手の中でも私の大のお気に入り、ひそかに"将来エトワール間違いなし!"と期待しているダンサーなのですが・・・今度こそ戻って来てね くるみかパキータのどちらかで、絶対に! 
2007-10-04 05:53 | パリ・オペラ座バレエ | Comment(1)
ジャン=ギー続報と「嵐が丘」のキャスト変更
「ジャン=ギョーム・バール引退情報」の続報です。

昨夜遅くにダンソマニに管理人氏が気になる書き込みをされてました。

先日のポストでは「10月6日が彼の最後の舞台になる」と受け取れる書き込みをされていたんだけど、今回は、「古典全幕への出演をやめるだけで、オペラ座から完全に離れてしまうわけではない。おそらくシーズン最後の『椿姫』あたりには登場するのではないか」というニュアンス。

・・・う~ん、なにやら玉虫色の展開になってきたぞ。

想像するに、かりに今週末の公演が「最後の舞台」と決断されているとしても、その後も体調と相談しながら、(管理人氏の表現を借りれば)"穏便"なキャラクター系の役柄なら踊ってくださるのかもしれない。そのあたりはジャン=ギーご本人だって今すぐどうこう決められることではないのかも・・・ファンとしては、"現役完全引退"ができるだけ先送りされることを祈るのみですが、一つ気になっているのがこれ。

来年2月14~16日にパリ郊外のCreteilで行われるパリオペ公演。ミックス・ビルで「白の組曲」が入ってるのだけど、キャストにジャン=ギーが入っているのですよ(「マズルカ」)。

http://www.maccreteil.com/saison2006-2007/detail.php?index=159

これ、どうなるのかなあ・・・厳しそうかしら。

ところで、これまたダンソマニで見たのですが、「嵐が丘」にキャスト変更があった模様です。マリ=アニエスが怪我のため降板、レティシアが代役で二コラと(も)踊っているのですね。この二人がこの作品で組むのは初めてかな?

http://www.operadeparis.fr/Saison-2007-2008/Distribution.asp?IdS=391

私は千秋楽一回だけ行く予定ですが、このペアを見られそうです。なによりも、ジャン=ギーが無事に登場してくださいますように!
2007-10-03 04:23 | パリ・オペラ座バレエ | Comment(0)
ジャン=ギョーム・バール
今朝このニュースをダンソマニで読んで以来どっぷり落ち込んでいます・・・

なんと、ジャン=ギーが現役引退するのではないか、という情報。それも、今度の土曜・6日の「嵐が丘」が最後の舞台になるという・・・

この記事を書き込んでいるのがサイトの管理人さんなので、確実性がかなり高いと思われるのが辛いところ。先日発表された「くるみ」と「パキータ」のプレ・キャストの中に彼の名前がなかったので、ええーっそんな・・・とがっくりきていたところにこのニュース。ああ、なぜこんなに急に・・・

ジャン・ギーは88年に16歳でオペラ座に入団しているから現在35歳ぐらいのはず。もちろんオペラ座の定年(42歳)にはまだあと数年ある。彼は過去数シーズンめっきり踊る回数が減っていて、それは「健康上の理由」だとインタビューで語っていらしたのですが・・・。

http://www.operadeparis.fr/Biographie.asp?id=248&nom=Jean-Guillaume-Barthttp://

以前何度かこのブログにも書いていますが、私はこのダンサーに出会ったのが遅くて、彼の魅力に気づいた時には既に登板回数が減り始めていて・・・。ここ数シーズン古典の全幕に出演する回数はめっきり減ったものの、登場すれば"常に完璧”な舞台を見せてくれていて、かつ最近はキャラクテール系の役にレパートリーを広げていたので、当面は踊ってくださるだろうと希望をつないでいたのですが・・・。

ジャン=ギーといえば何といっても忘れられないのが、二年前の秋、ガルニエで開催された"マリインスキー・バレエ"のガラ公演。彼とロパートキナの踊った「ダイヤモンド」は、私のバレエ鑑賞暦に燦然と輝く、後にも先にもこれ以上ないというほど美しいクラシック・バレエの舞台で、この時にジャン=ギョーム・バールというダンサーの非凡さを嫌というほど思い知らされたのでした(遅すぎ・・・)。

この時二人が"証明して"見せてくれたのは、バレエの流派(ロシアとフランス)の違いなど、一流の芸術家である彼等にとってさしたる障害とはならない、ということ。大事なことはもっと他にあって・・・何より素晴らしかったのは、この二人がクラシック・バレエという芸術に絶対の信仰心を持っている点で共通している、と感じられたこと。(大袈裟なようだけど、あの舞台を見ていたら、つまるところバレエ芸術の存在意義とは観る人に「真・善・美」の徳を確信させることではなかろうか・・・などと感じ入ったほど。それほど輝かしいバレエだった。)

幸いジャン=ギーの「ダイヤモンド」は映像に残されていて観ることができるけど、せめてもう一度、ライヴで見たかった・・・勿論ダイヤモンドだけでなくほかの古典作品も。あぁ立ち直れそうにない・・・

(↓2年前のガラ公演のレビューです・英文)

http://www.ballet.co.uk/magazines/yr_05/dec05/ns_rev_mariinsky_theatre_gala_-_kirov_and_paris_opera_1105.htm
2007-10-01 07:13 | パリ・オペラ座バレエ | Comment(4)
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